書評キャンパス―大学生がススメる本― 森貞茜 / 武蔵野大学文学部3年 週刊読書人2022年5月6日号 自意識とコメディの日々 著 者:オークラ 出版社:太田出版 ISBN13:978-4-7783-1779-9 コメディに関わる職業といえば、漫才師、コント師、漫談家、落語家など、さまざまな種類の芸人が挙げられるだろう。一方で、こういった演者には属さず、裏方として笑いを生み出し続ける人たちがいる。それが構成作家である。本書は、第一線の構成作家である著者が「お笑い自意識」を抱えながらひた走る、長い青春の備忘録。コント好きにとっては必読の一冊だ。 本書は、「オークラさんの自伝を読んでみたい」というファンの声に応えて編まれた自伝である。キーワードはまさに「自意識」。著者は、笑いのカリスマ・ダウンタウン松本人志の影響で大量発生した「お笑い自意識過剰大学生」の一人だった。ある日の合コンにて、本場の「なんでやねん!」を繰り出すN君と意気投合した著者。この出会いを契機に、N君とのコンビ「オークラ劇場」としてお笑いライブ新人コーナーのオーディションに参加する。結果は散々で、同会場にて既に周囲と一線を画していた若手芸人アンジャッシュに対して「芸人として名前を轟かせる人は最初から面白い」という思いを抱く。これが、著者のコメディの日々の始まりであり、初めての敗北であった。 しかし、「お笑い自意識過剰大学生」は一度の敗北では身を引かない。この後著者は、ピン芸人への転向とお笑いライブ優勝、シティボーイズとの出会い、コンビ「細雪」結成と解散、と波のように引いて寄せる芸人生活を送る。著者はこの波に揉まれながらも、お笑い自意識を手放すことはなかった。むしろ、「さまざまなカルチャーが融合するコントライブを作り上げる」という明確な目標と魅力的な人脈を得て、構成作家としての道を歩み始める。 本書はファンの声に応えた自伝、と先に述べたが、実はあのやりとりには続きがある。「僕の人生なんて誰も興味ないと思いますよ」「違うんです。オークラさんが見てきた芸人たちやお笑い界のことが知りたいんです」 そう、著者が応えてくれたのは主にこちらの声だ。「俺に興味はないってのは否定しないのかよ!」とプリプリしつつも、著者が関わってきた多くの芸人やカルチャーについて私見を述べている。例えば、「初めから圧倒的な構成力、表現力を持っていたバナナマン」「おぎやはぎの精神革命」「化けたラーメンズ」「細野晴臣になりたい」というように。また、「チョコレイトハンター」「君の席」など、コントファンからすれば伝説と呼んでも過言ではないユニットコントライブの裏話も惜しみなく綴られている。読者はこれらを通じて、現在でも根強い人気と実力を持つ「天才」コント師たちの天才たる所以に深く触れることができる。天才たちをすぐ側で見てきた著者の目線でコント史の一時代を追えるのが、本書の大きな魅力だ。 本書は一般的な自伝と違い、多くのページが著者から見た周辺の人間についての記述に当てられている。しかし、それは著者独自の観察眼と体系の証であり、人柄と生き様の現れでもある。読者は自らに惹きつけて読むも良し、あくまで他人だと一歩引いて読むも良し。これからもコメディに包まれ、自意識と手を繫いで歩んでいくであろう著者が、新たにどんな笑いを提供してくれるのか、ワクワクしてくることだろう。★もりさだ・あかね=武蔵野大学文学部3年。お笑い、とりわけコントとラジオが好き。日常的にコントを観たり、自分で書いたりしている。俳句もやっており、句歴は約4年半になる。