体験と実践と研究が絡み合う稀有な一冊 恒吉僚子 / 文京学院大学副学長・社会学・比較教育学・異文化間教育 週刊読書人2022年5月6日号 沖縄のアメラジアン 移動と「ダブル」の社会学的研究 著 者:野入直美 出版社:ミネルヴァ書房 ISBN13:978-4-623-09323-6 本の中には、著者の生き方自体が伝わってくるものがある。本書は間違いなくそうしたものであり、著者の今までのアメラジアン研究の集大成である(博士論文をもとにしている)。 本書は、研究でも政策でも狭間に落ち、見えない存在として既存の研究枠組みから抜け落ちがちな「アメラジアン」に焦点を当てることによって、移民・移住研究や「ダブル」の子ども達に関する視点をも広げ、既存研究のあり方、政策、マスコミの表象さえも捉えなおすきっかけを提供している。 例えば著者は、アメラジアンAmerasian(アメリカ人American +アジア人Asian)は一方の親が「外国人」であり、他方の親が日本人であるにもかかわらず、「外国人」の親がアメリカ兵であることによって「出入国管理や社会包摂の対象外であるため」(一頁)、従来の移民・移住研究では見えない存在、扱われない存在となってきたことを指摘している。そして、この狭間に位置付いているアメラジアンの経験から生まれた「軍事化された移動」という概念によって、既存の移民・移住研究の拡張を試みている。 さらにアメラジアンを「ダブル」とする枠組みで、その支援のあり方を考察している。「軍」という要因が介在することによって、同じアメラジアンでも国や彼らが生み出された経緯によって境遇の違いが生じていることが指摘されている。一九八二年にアメラジアン法がアメリカで生まれ、一九八七年に改定アメラジアン法が成立したが、対象国から日本とフィリピンははずされた。この種の「軍」「戦争」「アメリカによるアジアへの軍事介入」(三頁)等の特徴的条件を抱えた「アメラジアン」の存在、その中でも日本の文脈において生まれた日本の(国際児)支援は、父親が「外国人」兵であるアメラジアンは日本国籍が得られないという制度の問題を、国籍法改正運動への関与という形で問題提起した。一九八五年には父親だけでなく、母親からも日本国籍は継承できる法改正が行なわれた。 そして、一九九八年にアメラジアンスクール・イン・オキナワは英語と日本語の「ダブル」の教育の場として登場する。この経緯にも理念構築にも、アメラジアン研究の第一人者として深くかかわってきたのが本書の著者である。 本書は、各国におけるアメラジアン研究史を概観した後、第一部は「現場」としてのアメラジアンスクールを(第一章から第五章)アクション・リサーチを通して、あるいは運営に関与しながら、スクールの成り立ち、沖縄での「外国籍児の不就学問題」、生徒の事例考察、アメラジアンスクールの「ダブル」の教育理念等に触れている。第二部(第六章-九章)「現代社会とアメラジアン」では、教育支援の狭間に落ち、「日本語支援の射程からも、外国人児童・帰国者生徒という属性的な把握からも取りこぼされ」(一三頁)、忘れられた存在としてのアメラジアンの子ども達から見た日本の教育支援等に対する問題提起がされている。ライフヒストリー等の対象を深く浮き彫りにしてゆく方法が用いられ、アメラジアンとして生きている姿、ニュース等における描かれ方も挙げられている。第三部(一〇-一一章)沖縄における「混血児調査」の歴史では、米軍統治下、本土復帰後の両方において行われた「混血児調査」を取り上げている。そして、結論では「『混血』『ダブル』『エスニシティ』の文脈に照らして論じ、移動と『ダブル』の社会学的研究をめぐる到達点と課題」(一四頁)を問題提起している。 アメラジアンスクールの実践、アメラジアンの運動に関わりながら研究者として学び続けた著者の姿は、実践と研究とが相互補完的につながる様を具現化している。生まれながらにして国境を越える存在であるアメラジアンを通して、日本の中を想定した内向きな「多文化共生」概念(五三頁)、当事者側に立った姿勢、日本社会がアメラジアンやその母親に対して付与するスティグマ、「知らない」から無意識に差別しやすい日本社会のあり方等、体験と実践と研究が物語のような面白さの中で絡み合い、互いに強化し合って深く考えさせられる稀有な書である。(つねよし・りょうこ=文京学院大学副学長・社会学・比較教育学・異文化間教育)★のいり・なおみ= 琉球大学人文社会学部准教授・社会学・アメラジアン・沖縄引揚げ研究。一九六六年生。