理論的な枠組みと現場に即した事例研究を統合し考察 松下和夫 / 京都大学名誉教授・地球環境戦略研究機関シニアフェロー・環境政策論 週刊読書人2022年5月13日号 どうすればエネルギー転換はうまくいくのか 著 者:丸山康司・西城戸誠(編) 出版社:新泉社 ISBN13:978-4-7877-2120-4 「湾岸戦争」(一九九一年)、「アフガン戦争」(二〇〇一年)、「イラク戦争」(二〇〇三年)は、つまるところ中東の石油をめぐる戦争だった。そして、ロシアのウクライナ侵攻は、化石燃料への依存を終わらせることの重要性と緊急性を強く思い起こさせた。なぜなら、ロシアのウクライナ侵攻と、ウクライナ支援国に対するロシアの石油・ガス資源の武器化は、化石燃料資源をめぐる激しい紛争を浮かび上がらせたからである。 ロシアのウクライナ侵攻が続く四月四日、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が最新の報告書(第6次報告書第3作業部会)を発表し、人類が壊滅的かつ不可逆的な気候の混乱を回避するために残された機会が乏しくなっていることに警鐘をならした。 現下の急務となっている脱炭素社会への移行とエネルギー安全保障の正攻法は、早急に化石燃料の消費量をできる限り減らすことである。そのためには、供給面では再生可能エネルギーの拡大が、需要面ではエネルギー効率化・省エネルギーのより一層の推進が、最も有力な手段である。再生可能エネルギーは、一度初期投資をすれば燃料代ゼロ(限界費用ゼロ)で、枯渇することはなく、価格高騰や供給不安は起こりにくい。多様な地域での小規模分散型の利用が基本なので、災害時にも対応力に優れ、地域の経済循環にも寄与する。 化石燃料と違い太陽光、風、水などの再生可能エネルギー源は世界中に普遍的に存在する。そのため「太陽を巡る戦争はない」ともいわれる。ところが、大量導入が期待される再生可能エネルギーの立地に関連して、実際には日本各地で様々な「厄介な問題」が起こっている。再エネ設備立地地域周辺の自然環境や生活環境への悪影響が懸念されたり、事業計画への賛否が地域社会の分断をもたらすなどの種々のトラブルが生じているのである。 本書はこのような現状を踏まえ、立地地域の固有性の尊重を心がけ、「公正さ」と「信頼」の構築に向けた試行錯誤を積み重ねること、持続可能な社会のために問題を解きほぐすことの可能性を探求する貴重な労作である。 本書の構成は、①地域トラブルと社会的受容性(「分配的正義」、「手続き的正義」、「信頼」の構築)、②エネルギー転換における地域の試行錯誤、③公正で持続可能なエネルギー転換のために必要な条件や萌芽的取り組み(社会システムの変革と社会的解決)、④エネルギー転換をうまく進めるために(やっかいな問題の解決)、を包摂している。 延べ二〇名の執筆者による論考により構成された本書では、ドイツやスコットランドなどの海外の先進的事例、そして太陽光・風力・バイオエネルギーなどの国内の事例など、国内外の再生可能エネルギー立地や拡大に関する詳細かつ貴重な事例が紹介され、関連する諸課題が分析されている。また、自治体の直面するエネルギー転換の課題、地域の意思決定におけるメディエーターの戦略的媒介、世代間公正と世代内公正の相克、無作為抽出型の「気候市民会議」を通じた民主主義のイノベーション、など関連する重要な課題についても論じている。 このような論文集はともすると、全体としての統一や整合性が乏しいことがある。本書は全体を通奏するテーマ(「誰のためのエネルギー転換か?」、「どうすればエネルギー転換はうまくいくのか?」)と、コンセプトがしっかりと共有されており、結果として理論的な枠組みと現場に即した事例研究が統合され、よく練られた構成となっている。 最終的に本書は、再生可能エネルギーを巡る「持続性学」を志向し、そのために各地域での「固有性」を尊重し、現場での萌芽的な実践や試行錯誤、失敗事例など多様なトピックをすくいあげたうえで、公正で持続可能なエネルギー転換のために必要な条件を考察している。その試みは十分な成果をあげていえるといえよう。 ただし本書の射程外であることをあえて承知で指摘するならば、気候危機の切迫性は、本書が指摘するような、地域レベルでの再生可能エネルギー導入への丁寧な取り組みの次元を超えている。その根本的な責任は、化石燃料(とりわけ石炭火力)と原発依存に固執し、再生可能エネルギーの拡大を軽視してきたこれまでの政府の政策にある。我が国はこれまで長く脱炭素化に向けた野心的目標設定が立ち遅れ、本格的カーボンプライシングの導入が先送りされ、石炭火力へも過度の依存を続けてきた。そのため脱炭素社会への移行に大幅に立ち遅れてきたのである。温室効果ガス削減に関しより野心的な目標を設定し、省エネ、再エネ促進に関する具体的な政策を裏付けることが望まれる。 一方、政府は、昨年六月「地域脱炭素ロードマップ」を決定している。このロードマップでは、地域の課題を解決し、地域の魅力と質を向上させる地方創生に資する脱炭素に国全体で取り組み、集中して行う施策を中心に、地域の成長戦略ともなる地域脱炭素の行程と具体策を示している。これにより、二〇三〇年までに少なくとも脱炭素先行地域を一〇〇か所以上創出し、重点対策として、自家消費型太陽光や省エネ住宅などを全国で実行することで、地域の脱炭素モデルを全国に伝搬し、二〇五〇年を待たずに脱炭素達成を目指している。 今年度から本格的取り組みが開始される脱炭素先行地域では、地方自治体や地元企業・金融機関が中心となり、地域特性を活かして、地域課題を解決し住民の暮らしの質を向上しながら脱炭素に向かう先行的な取組を実施する。 このような、国と地域が連携し、多様な政策を総動員して地域の状況に合わせ、地域からの脱炭素への取り組みを意欲的に進める動きは歓迎したい。これらの事業を進める際には、本書が指摘するように、地域主導かつ地域共生型の再生可能エネルギー導入の視点がとりわけ重要である。今後本書の提言が生かされ、地域から脱炭素・自然共生・循環型・地域自立型で人間らしく生きられる社会構築が進展することを期待したい。(まつした・かずお=京都大学名誉教授・地球環境戦略研究機関シニアフェロー・環境政策論)★まるやま・やすし=名古屋大学教授・環境社会学・科学技術社会論。★にしきど・まこと=早稲田大学教授・環境社会学・地域社会学・社会運動論。