アウグスティヌスの著作と交わした対話を再構成する 塩川徹也 / 東京大学名誉教授・フランス文学 週刊読書人2022年5月13日号 パスカルと聖アウグスティヌス 上・下 著 者:フィリップ・セリエ 出版社:法政大学出版局 ISBN13:978-4-588-01137-5 フィリップ・セリエの『パスカルと聖アウグスティヌス』は、パスカル研究のみならず、17世紀フランスの文学及び宗教思想研究に画期をなした著作であるが、それが公刊されたのは1970年のことである。評者の所持している原書の扉には、「1970年11月7日」という日付が記されているが、これは同年秋にパリに留学した評者が最初に購入したパスカルの研究書であった。それから五年間、評者はソルボンヌ大学でセリエ教授の前任者であるジャン・メナール教授の指導のもとに「パスカルと奇蹟」をテーマとする博士論文を執筆したが、必読の参考書の一冊としてつねに座右にあったのは本書であった。そしてようやく論文が完成すると、セリエ教授は審査委員の一人となることを承諾され、口頭審査の場で有益なコメントと心強い励ましを与えてくださった。このような思い出のつまった本書であるが、大判650ページの専門研究書がまさか、多数のラテン語の引用文を含む脚注に至るまで日本語に全訳されるとは思いもよらなかった。ヨーロッパの古典について、テクストばかりでなく研究書も旺盛に翻訳する日本の人文系の学問のあり方についてさまざまの思いに誘われる。とまれ、訳者の壮挙には深い敬意を表したい。 パスカルの宗教思想を理解する上で、アウグスティヌスとの比較検討が鍵となることは今では広く認識されているが、著者がこの研究に取り組みはじめた1960年代初頭には、これは大胆というより無謀なテーマであった。『パンセ』の著者としてのパスカルが深遠な宗教思想家であることが知られていなかったわけではない。しかし彼は俗人信徒であり、専門の神学教育を受けたことがなかっただけでなく、一切学校に通わず、家庭で父から英才教育を受けて、少年時から数学と物理学に天分を発揮した。そんな人間が本格的にアウグスティヌスの著作を読みこんだと想像するのは困難であった。 そればかりではない。パスカルは青年時代に家族とともに宗教的覚醒を体験し、当時のカトリック宗教改革の一端を担っていたポール・ロワイヤル女子修道院とその周辺に形成された男子の隠遁者集団に接近するが、そのポール・ロワイヤルはいわゆるジャンセニスムの異端の本拠地と見なされ、教会と国家から執拗な迫害を蒙っていた。パスカルは苦境に陥っていたポール・ロワイヤルを世論に訴えて擁護するために、同志の神学者アントワーヌ・アルノー及びピエール・ニコルと協力して一連の論争書簡『プロヴァンシアル』を発表し、空前の成功を収めたが、それは彼とジャンセニスムとの関係について深刻な問題を引き起こさずにはおかなかった。 ジャンセニスムは、フランドルの神学者ジャンセニウス(1585-1638)の提唱した恩寵と自由意志の関係に関する学説であるが、彼はそれをアウグスティヌスの恩寵論の徹底的研究の成果である遺著『アウグスティヌス』(1640)において展開した。カトリック教会はその著作から引き出された五つの命題が異端であると宣告したが、ポール・ロワイヤルの神学者たちはローマ教会の不謬性は認めた上で、『アウグスティヌス』の学説は異端五命題とは異なる正統的なものであると主張してジャンセニウスを擁護した。パスカルも『プロヴァンシアル』においてこの立場に立っている。 しかしこれはジャンセニスムを敵視する伝統的なカトリック教会にとっては不都合な事実であった。フランスの文学と思想を代表する大作家で、純粋なキリスト教信仰の保持者であるはずのパスカルに異端の疑いをかけるのははばかられたからである。こうしてパスカルは、ポール・ロワイヤルに洗脳された神学の素人であり、『プロヴァンシアル』においても単に文才を提供する「秘書」の役割を果たしたにすぎず、最晩年にはポール・ロワイヤルと袂を分って正統信仰に立ち戻ったとする見解が流布し、それは20世紀前半になっても多くの専門家に受け入れられていた。そうだとすれば、パスカルがアウグスティヌスを読み込んで、自らの神学思想を形成したと考えるのは論外となる。 著者が本研究に乗り出したのは、このような状況においてであった。そして当時はまだパスカルがいつごろ、いかなる経路を通じて、アウグスティヌスの思想と著作に接するに至ったかを知る手立ては限られていた。そこで著者は、パスカルがいかなる環境でアウグスティヌスを読んだかという問題はひとまず脇に置いて、キリスト教信仰の基礎となる諸問題について両者の見解を突き合わせ、パスカルがアウグスティヌスの思想と表現にいかなる反応を示したのかを網羅的に探求する道を選んだ。要するに、パスカルがアウグスティヌスの著作と交わした尽きせぬ対話を再構成するのが狙いなのである。 本書は7章からなり、最初の2章は神なき人間の悲惨、第3章は恩寵、第4章は神のしるしとしての宇宙と聖書、第5章は歴史の意味、第6章はユダヤ人の歴史がテーマとして取り上げられるが、これらはいずれも広義のキリスト教護教論の主要テーマである。そして最後の第7章では、パスカルがアウグスティヌスから取り出した上記のテーマを、自身の未完の護教論(『パンセ』)において、どのような方針で編成しようとしていたのかが素描される。 これらの叙述から浮かび上がるのは、アウグスティヌスに倣って宗教の基礎を探求し、罪人である人間が辿るべき信仰の道程に思いを凝らす独創的な神学者としてのパスカルの姿である。本書によって神学の素人パスカルという従来の通念は完全に覆された。その反面ここでは、恩寵をめぐる神学論争は棚上げにされ、パスカルとジャンセニスム及びポール・ロワイヤルとの関係も正面切っては論じられない。しかし本書刊行から半世紀を経た今日、著者はこの問題について、メナール教授の決定的な研究を踏まえて明確な立場を打ち出している。パスカルは、ジャンセニウスの『アウグスティヌス』及び彼を擁護するポール・ロワイヤルの神学者たちの著作に親しみ、彼らと同じアウグスティヌス解釈を共有していた。パスカルは、ポール・ロワイヤルの神学者たちの重要な一翼を担っているのである。しかしそれは何も、パスカルそしてポール・ロワイヤルが異端であることを意味しない。そもそもジャンセニスムというのは異端論争の中から生み出された差別的なレッテルであって、論争の実態を適切に表現する用語ではない。いわゆるジャンセニウスの五命題が異端であることを認めたとしても、そこからジャンセニウスとポール・ロワイヤルの恩寵論が異端であるという帰結が直ちに導き出されるわけではない。それよりは、ポール・ロワイヤルが17世紀フランスのカトリック宗教改革の潮流の中にあることを認めて、それが当時の宗教と文化において果たした積極的な役割を評価すべきではないか。 セリエ教授がこのような趣旨の発表を行ったのは、2019年にメナール教授追悼のためにソルボンヌで開催された研究集会の折である。先達の業績の解説がそのまま自身の研究上の立場の表明に繫がっていく見事なオマージュであった。(しおかわ・てつや=東京大学名誉教授・フランス文学)★フィリップ・セリエ=著名な研究者を輩出したティエール財団の給費生、CNRS(国立科学研究センター)研究員を経て、パリ第四大学教授。現在同大学名誉教授。著書に『パスカルと典礼』など。一九三一年生。