筋の通った熱のある弁論や判決文が法の世界を動かす 君塚正臣 / 横浜国立大学教授・憲法学 週刊読書人2022年5月27日号 ルース・ベイダー・ギンズバーグ アメリカを変えた女性 著 者:ルース・ベイダー・ギンズバーグ/アマンダ・L・タイラー 出版社:晶文社 ISBN13:978-4-7949-7291-0 本書は、アメリカ連邦最高裁判事として二人目の女性であり、二〇二〇年に八七歳で亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーグの、所謂、評伝やインタビュー(二〇二〇年、あすなろ書房から訳書刊行)ではなく、講演、弁護士時代の控訴趣意書など、そして最高裁判事としての判決文などを挙げて、その法律家としての主要な仕事を紹介するものである。彼女が、FDRやJFKと同様にRBGで通ることは、晩年、二つの映画で取り上げられ、ポップ・カルチャーのアイコンとなり、敬愛された証明である。 弁護士時代、性差別違憲判決の嚆矢となった一九七一年のリード判決に関わり、その後も著名な事件で口頭弁論を行った。ビール購入年齢における男性差別の州法を違憲とした一九七六年のクレイグ判決も彼女の弁論の成果である。本書は、これらではなく、既婚女性軍人の配偶者手当受給には生活費の多くを自分が負っていることの証明が必要としていたことを違憲とした、一九七三年のフロンティエロ事件の口頭弁論などを掲載する。彼女は、性差別を疑わしい差別だと鋭く主張した。 最高裁判事としては、一九九六年の、バージニア州立男女別軍学校違憲判決の法廷意見で注目された。本書もこれを掲載する。中庸で合意形成が上手だと96対3で上院も指名に同意したのだが、彼女はリベラル派のリーダー、そしてアイドルになっていく(もしかすると、刑事事件と人種差別事案ではやや保守的だとの批判もあろうが)。本書は続いて、平等の事案ではない3判決の反対意見を掲載する。少数側ながら、筋の通し方、レトリックは刮目すべきだ。また、RBGと言えば性差別事案という共通一次的正解を超えた判決文の選択にも注目したい。 講演や対談としては、著名な『性差別ケースブック』(ウエスト、一九七四)の共著者の一人であるヘルマ・ヒル・ケイ教授追悼のもののほか、近年のものを掲載する。何れも簡潔にして力強い。 本書で実感できるのは、理論的に筋の通った熱のある弁論や判決文が最後には法の世界を動かすと彼女が信じたことだ。それは肖像写真の凛々しい姿がまさに雄弁に物語っている。但し、彼女は運動家ではなく法律家としての御作法を守った。弁護士時代、男性差別も厳格審査だと弁論したが、判例が中間審査で固まると、判事としてはその先例の基準の下で多くの差別を違憲と論破したように。この種の本は日本でも元裁判官で刊行されがちだが、読めば、群を抜いて毅然と、ぶれずに正義を追求した人生が伝わってくる。法律家として行き着く正義は個人、就中、弱者の人権の擁護であって、その信念が論理や表現の強さに表れる。長期的には保守派は敗北する運命にあるのだろうと(問題は、いつ何をどう改革するか、だが)。トランプ大統領による後任強行指名により、連邦最高裁は保守化した。この評価はまだできない。ただ、名反対意見の減退は明らかだ。国、性別、宗教、立場を超えてその声に感じるものがあろう。 振り返って、日本に、迷わず平等社会を実現すべきだという意識があるか。男性社会の側に、女性登用=寵愛が見え隠れしていないか。ロースクール修了後に就職差別を受け、そのガラスの天井を破り権限あるポストを得た彼女のように、女性側にもそれを実力で勝ち取る気があるか。彼女は、あるべき最高裁の女性判事の数は九人全員と答えたようだが、実力を備えて を当然の前提とし、クォータ的なもの(近時頻出の、数学科の助手女性のみ募集、の類)は厳然と拒絶し続けた。読者にはそのことの熟考を願う。 本書は中堅・若手の研究者と弁護士計九名によって平易に訳された。その貢献により、法学部初学年の文献購読の教科書にとどまらず、多くの市民に向けて読まれる本となったと言えよう。更なる検討には、本書二二頁掲載の参考文献のほか、日米法学会の機関誌であるアメリカ法[2021-1]巻頭掲載の2論文を参照されたい。(大林啓吾・石新智規・青野篤・大河内美紀・樫尾洵・黒澤修一郎・榊原美紀・菅谷麻衣・高畑英一郎訳)(きみづか・まさおみ=横浜国立大学教授・憲法学)★ルース・ベイダー・ギンズバーグ(一九三三~二〇二〇)=連邦高裁判事などを経て、一九九三年からアメリカ連邦最高裁判事。リベラル派として大きな影響力があった。★アマンダ・L・タイラー=カリフォルニア大学バークレー校ロースクール教授。一九九九年から二〇〇〇年にかけて、ギンズバーグ判事のロークラークを務めた。