果たしてこの100年で建築は、どう変わってきたのだろうか 内田青蔵 / 神奈川大学建築学部教授・近代建築史・近代住宅史 週刊読書人2022年6月3日号 クリティカル・ワード 現代建築 社会を映し出す建築の100年史 著 者:山崎泰寛・本橋仁(編著) 出版社:フィルムアート社 ISBN13:978-4-8459-1812-6 わが国の戦前期を代表する建築家のひとりに、岡田信一郎がいた。岡田は、建築家のあるべき姿について、大正4(1915)年9月に「社会改良家としての建築家」という一文を建築学会機関誌に寄せている。そこでは「建築は社会活動の容れものである」とし、建築家は単に自分の思想を表現する芸術家ではなく、社会改良、すなわち人々の豊かな生活の実現者であるという岡田の主張が展開されている。当時、最も芸術性豊かな建築を手掛け、東京美術学校や早稲田大学で教鞭を執っていた岡田の言葉は実に重かった。芸術家然としての活動を夢みていた建築家たちは、呻吟しながら岡田の言葉を聞いていたに違いない。建築家がどうあるべきか、その存在の意味や社会的な使命とは何か、或は、技術者なのか、芸術家なのか、はたまた、生活の提案者なのか、いまだ、その答えは出ていない。 ところで、今回取り上げた『現代建築』は、この100年間の建築と社会との関係性の強い出来事を抽出し、そのワードの解説を行った辞書的な書籍である。表題を見ると、2つの副題が付されている。「クリティカル・ワード」と、もうひとつが「社会を映し出す建築の100年史」だ。ここにある社会を映し出す建築、言い換えれば、建築の社会性とはいったい何を指すのであろうか。ちなみに、評者はこう考えている。建築は目に見える存在ゆえ、造形物としてその姿を現わした途端、たとえ個人の所有するものであっても、周囲の景観や環境の一部となり、弥が上に人々のものとなる。まさに社会性を帯びている存在といえるのだ。個人的には、こうした建築の宿命、すなわち、社会性を内在する存在として建築を捉え、それゆえ、所有者ではない一般人も赤の他人の所有する建築の保存を主張できる権利があると考えているのである。 ただ、本書では、私の素朴な捉え方とは異なり、建築そのものが時代や社会と深く関わりながら建設される存在として捉えるというもので、平たく言えば、時代とともに進む技術革新や建築のあり様の変化、あるいは時代とともに成長と衰退を繰り返す経済性と建築の関係性などをもとに見ていくというものといえるであろう。そして、そうした時代との関係性をより掘り下げて見ていくために、建築を取り込む領域として都市・技術・政治・文化・メディアという5つの分野を設定し、そこから建築と社会を結ぶ重要なクリティカル・ワードを抽出している。 また、「100年史」とあるように、1920年代から10年をひとくくりとして各時代を象徴するワードを235種選び、その解説を行っている。10年毎にまとめられたワードは、それだけでもその時代の世界とわが国の建築界の出来事や動向が窺い知れるし、総じて100年の流れを知るための十分な手掛かりとなる。ただ、1920年代からワードを選び始めることの理由は示されてはいないことが気になる。日本のモダニズム建築の始まりを1920年代とし、現代建築もモダニズム建築の延長にあるとすることが理由と思われる。個人的には、1920年代から始める意味を明確化しておくべきであったと思うし、また、広い意味でのモダニズムを探るために採用した都市・技術・政治・文化・メディアについても、なぜ5つの分野を取り上げるべきなのかなどもう少し丁重に語るべきではなかったかと思う。すなわち、例えば「文化」の分野となる巻頭の論稿では、ザハ案を中止した新国立競技場問題などを「権力誇示のパフォーマンス」と批判し、建築家が犠牲になったと嘆いているものの、関連する用語解説ではそうした観点からの記載はなく、より一般的な観点からの解説といえる。ある種、社会との結びつきの中でゆがめられた存在として建築が成立していることを問題視したいならば、そうした観点の意義を示しながらもっとストレートに解説すべきではなかったかと思う。社会性の捉え方は、様々であり、また、様々な事象をどう捉えるのかも多様な解釈があることを示すことも可能であったのではと思うからである。 いずれにせよ、冒頭で紹介した岡田は、「社会活動の容れるものたる建築を造らんが為に、建築家は社会を理解した文明批評家である事を要するのである」とし、そのためには「建築家は彼が建築家である前に一箇の人であらねばならない」と述べている。本書が対象とした100年前に発せられた言葉であるが、いまだ、この岡田の言葉は、重い。現代建築はこの100年で、どう変化して来たのか? 改めて振り返る時期に来ていることを本書は教えてくれる。(うちだ・せいぞう=神奈川大学建築学部教授・近代建築史・近代住宅史)★やまさき・やすひろ=滋賀県立大学准教授・建築メディア論。★もとはし・じん=現在は文化庁在外芸術家研修員・日本近代建築史。