愛の雄大なドラマの展開を逐一解説 神品芳夫 / 東京大学名誉教授・ドイツ文学 週刊読書人2022年6月3日号 老ゲーテの詩世界 愛と対話が開く宇宙 著 者:野口薫 出版社:松籟社 ISBN13:978-4-87984-425-5 本書はゲーテ晩年期の作品のなかでも異彩を放つ『西東詩集』を中心に扱う一般向け研究書であり、著者はこの詩集の世界を「愛」と「対話」という二本の柱を基軸に、現在の読者を意識しつつ改めて解明し、同じテーマをもつそれ以後の詩集にも考察を進めている。 ゲーテが生きた時代も、ヨーロッパでは戦乱がつづいた。高齢者となったゲーテは激動の社会から目をそむけたい思いもあり、オリエントの文物に関心を強めていた。そうした折、中世ペルシャの有名詩人ハーフィスの全訳詩集の寄贈を受け、さっそくのめり込んだ。ちょうどその頃、ゲーテは故郷のライン・マイン方面に旅する機会があり、人妻マリアンネ・ヴィレマーと知り合い、肝胆相照らす仲となる。詩の心得もあるこの女性との交わりから詩人ハーテムと美女ズライカというオリエント風の仮面のもとで恋の詩のやりとりが生まれ、有名な「ズライカの巻」の詩群が書かれてゆく。 しかし『西東詩集』本来のテーマは、ヨーロッパの人間がオリエント文化をどのように受け容れることができるかという大きな問いである。ゲーテは「観照の巻」「寓話の巻」など十余の「巻」に分けて、イスラム教とキリスト教との類似と違い、専制国家の功罪、詩人たちの英知、愛の価値、ペルシャ語の特性、日常生活の知恵、飲酒事情などについて、ときに屈託なく、ときに大真面目に語り伝える。著者はそのありさまを重点的に紹介しながら、その本質をゲーテとオリエントとの「対話」であると的確に呼び、また、こうして仕上げられた作品圏の中心に「ズライカの巻」が入れ子のように収まっていると見る。 詩集全体の構図を把握したうえで、著者は「ズライカの巻」に集中的に取り組む。本書は事実上「ズライカの巻」研究書といってもよいほどである。著者はこの巻のズライカとハーテムの詩のやりとりをゲーテの編集した順序に従って読み、ゲーテの構成した愛の雄大なドラマの展開を逐一解説しつつ、個々の詩にまつわる伝記的事実にも触れるので、読者にも広い視野が与えられる。さらに前後に配置された詩同士の関連を探ることによって、全編が円環的構造になっていることを把握している。一方で付論「ゲーテとの往復書簡集に見るマリアンネ・ヴィレマーという女性」では、劇的交わり以降の両者の文通を紹介しながら、ゲーテの再度の来訪を願うマリアンネ側のひたむきな誘いと、それに応答しながらも、怪我や多忙や他方面への旅を理由についに再会の機会を作らないゲーテ側との暗黙の駆け引きが浮かび出ていて、興味深い。両者それぞれの遠謀深慮により、一つの恋が永遠の結晶となり、不滅の『西東詩集』が成立して後世に贈られることになったのである。 「特別寄稿」として掲載されている作家で文学研究者アドルフ・ムシュクの講演「亡命者としてのゲーテー―『西東詩集』に寄せて」では、「ズライカの巻」を老いの無常観と若返りへの意欲の両面から作品を分析していて、「内在的解釈」による作品の読み方を教えてくれる。ただ、ムシュク講演の題の訳「亡命者としてのゲーテ」は誤解を招く。ゲーテは厳密な意味で亡命はしていない。講演の原題でも、亡命に当たる語は使われていない。少し響きは悪くても、「脱出するゲーテ」あたりで我慢すべきだろう。 愛と対話のテーマから『西東詩集』につづいて「マリーエンバートの悲歌」と「中国風ドイツ暦」も取り上げているのは当然のことだが、さらに最後の詩集『神と世界』にも触れて全体を締めくくってもよかったのではないか。 しかしゲーテを今につなぐ例として一九九九年にサイードとバレンボイムが共同で結成した『西東詩集オーケストラ』に言及しているのは好ましい補足である。 戦後日本のドイツ文学研究界では、男性はゲーテを、女性はクライストを好む傾向があった。今や女性がゲーテに進出し、多角的視野からいい仕事をしている。(こうしな・よしお=東京大学名誉教授・ドイツ文学)★のぐち・かおる= 中央大学名誉教授・ドイツ文学。著書に『愛と対話が開く宇宙 ゲーテ『西東詩集』研究「ズライカの巻」を中心に』『ドイツ女性の歩み』『聖書を彩る女性たち』など。