当時の宣伝戦略や遊び心を知るおいしい読み物 西野智紀 / 書評家・ライター 週刊読書人2022年6月10日号 史料でみる 和菓子とくらし 著 者:今村規子(著)/虎屋文庫協力 出版社:淡交社 ISBN13:978-4-473-04492-1 著者は株式会社虎屋の虎屋文庫研究主幹であった人物だ。虎屋文庫とは、虎屋ならびに和菓子の歴史資料の収集保管と調査研究を行い、それをベースに情報発信をする部署のこと。お菓子好きかつ歴史好きには堪らない仕事ではなかろうか。 本書は、淡交社の雑誌『なごみ』に連載された和菓子文化や歴史秘話の数々を単行本化した一冊である。モノクロだけでなくカラー図版も豊富で、パラパラ読んで資料を眺めるだけでも面白いのがポイントだ。 こうして収録された図版によって、描かれた当時の人々の宣伝戦略や遊び心が見えてくる。 本書は、淡交社の雑誌『なごみ』に連載された和菓子文化や歴史秘話の数々を単行本化した一冊である。モノクロだけでなくカラー図版も豊富で、パラパラ読んで資料を眺めるだけでも面白いのがポイントだ。 こうして収録された図版によって、描かれた当時の人々の宣伝戦略や遊び心が見えてくる。 たとえば、最初の章の「大小」。大小とは江戸時代に使われた暦のことだが、これを摺物(版画)に忍び込ませて、絵暦という、ちょっとした謎解き遊びをしているものがあるのだ。兎の餅つき絵に漢数字の一から十二を入れたり、鶏と餅花の絵において餅花の餅の大きさで月の大小を表したり。葛飾北斎もこの趣向を凝らした作品を残している。目的は違うが、現在の紙幣に隠し文字が散りばめられているのと似ている。 また、「番付」の章では、今の大相撲で使われる番付表が、江戸時代の和菓子屋においても存在したことが明かされる。番付とは「順番付け」の略で、今でいうところのランキングである。東京都立中央図書館特別文庫室蔵の「東都御菓子調進司」という史料には、まさに相撲番付そのものの菓子屋番付が描かれている。江戸の有名菓子店を東西に分け、一番上から大関・関脇・小結・前頭……と割り振られている(横綱は当時では名誉称号なので書かれない)。 面白いのは、こうした番付や買物案内は出版物であり、広告としてお金を払って掲載されている場合もあるので、高級店が上位に来やすい、人気店であっても番付が下になるといった知名度と順位の不一致があったそうだ。現代でもよく聞くランキングの弊害である。 出版物の話を出したが、現在の菓子レシピ本にあたる書物が江戸時代にも刊行されていた。それが「菓子製法書」である。昔の味を再現するにはやはりレシピを知る必要があり、簡単であれども材料や製造の手順が記された書物は非常に貴重だ。 菓子の製法が書かれた料理書として最も古いのは一六四三年の『料理物語』だそうである。一部を除いて、ほとんどが葛餅、蕨餅、ちまきといった餅ばかりであった。その後、文化が熟していくのにつれて、饅頭や羊羹のような餡をつかった菓子や、金平糖やカステラ、ボーロといった南蛮菓子を収録した書なども続々と刊行されていった。 ただし、当時の砂糖は貴重品であり、後者のような砂糖をふんだんに使った菓子は庶民にはとても作れず、読んで愉しむものだったと考えられる。美しい色合いや形を誇る上菓子ばかり集めたカタログ本「菓子見本帳」も江戸時代中期に作られており、その中には名画のような高級贅沢菓子もあって、なんとも芸術性が高い。 他にも、菓子の描写が細かい随筆、菓子袋をかぶった猫の絵、江戸時代の干菓子(実物)等、興を引く項目が本書にはいくつも詰まっている。著者はあとがきで、こうした史料を読み解く愉しさを語っている。 《史料を探すことは、宝探しのようです。時には一枚の絵、一行の文章から昔の菓子の輪郭がはっきりしたり、小さな史料がつながって、思いがけない菓子の歴史が垣間見えたりすることも。和菓子は面白い。和菓子の史料は面白い。そう伝えたくて仕事をしてきたように思います。》 著者の和菓子愛も存分に味わえておいしい読み物である。(にしの・ともき=書評家・ライター)★いまむら・のりこ=株式会社虎屋の菓子資料室・虎屋文庫に二〇二一年まで勤務。史料整理・展示企画・機関誌『和菓子』の編集などに携わってきた。