「インターネット上の空気」と一線を画す批評 三宅香帆 / 書評家 週刊読書人2022年6月24日号 線上に架ける橋 CDBのオンライン芸能時評2019-2021 著 者:CDB 出版社:論創社 ISBN13:978-4-8460-2122-1 著者の「批評」をはじめて目にした(と記憶している)のは、『セーラー服と機関銃』リメイク版の橋本環奈がすごい、というTwitterのつぶやきだった。その後しばしばTwitterで見かけるようになった彼の言葉は、同じようにTwitterで映画やドラマの感想を綴る多くの文化系の書き手が「取り上げない」作品に向かうことが多かった。 特にTwitterを中心として、インターネットでもてはやされやすい作品、というものは存在する。インターネット上で褒めやすい空気が醸成される、とでも言えばよいだろうか。そういう意味で、冒頭に挙げた橋本環奈主演の『セーラー服と機関銃』は、決してインターネット上で評判の良い作品ではなかった。しかしその空気は、冒頭のつぶやきがバズったことによって、僅かに変化した。彼のつぶやきをきっかけに映画を観に行ったという知人を私は何人か知っているのである。そしてその後、今に至るまで同じような光景がしばしば見られることになる。初の著書となる本書は、彼がインターネットで孤軍奮闘してきた軌跡が、一本の橋となったような一冊である。 前述したインターネットで褒めやすい空気が少ない代表例として、乃木坂46をはじめとする、秋元康氏のプロデュースするアイドルグループたちが存在する。特に彼女たちが流行し始めた時代には、どこかインターネット上の批評の対象となりづらい傾向があった。二〇一〇年代後半の日本のオリコンチャートには必ず挙がる名前にもかかわらず、である。ふわりとスカートを翻し、男性作詞家の書いた歌詞を歌う彼女たちは、この国の女性差別的な風潮を象徴するものとして捉えられることも少なくない。そんな彼女たちを、特に演者としてインターネット上で丁寧に批評していったのが、著者だったのだ。 例えば、乃木坂46に所属していた生田絵梨花というひとりの女優が、どのようにして富裕層としての生まれから離れ、アイドルグループのなかで様々な人と出会い、そして役者としての自分を切り拓いたのか。本書は舞台批評の形をとって、彼女の軌跡を丁寧に評してゆく。また本書には収録されていないが、乃木坂46に所属していた堀未央奈主演の『ホットギミック』をフェミニズム的な視点で読み解いたり、乃木坂46のリーダーを務めていた桜井玲香の批評を行ったりすることで、著者は「インターネット上の空気」と一線を画するアイドル批評をおそらく、あえて、編み出してきた。 それでは、彼が一線を引くインターネット上の空気とは一体何なのか? 最後の章に収められた『花束みたいな恋をした』評に、その答えは記されている。麦と絹、という主人公の名前の由来から、映画では格差というテーマが描かれていることを作者は指摘する。しかし脚本が明らかに忍ばせた格差というテーマに、「インターネット上の空気」の多くは気づいていなかった。なぜ気づかないのか。それはインターネットで批評をする人間の多くが、格差の上の側に立っている人々だからではないか、と著者は綴る。 著者はTwitterプロフィールの冒頭に、「高卒」と記載する。それはおそらく彼なりの、この国が、そしてインターネットでさまざまな文化的物書きをする人間たちが、無視しようとする社会に対する「橋」なのだろう。麦と絹のあいだに花束という名の文化が、架け橋として存在していたように。著者自身もまたインターネットにおいて、さまざまなエンタメ批評を通して、格差の架け橋となるよう、今後も書き続けるのだろう。少なくとも、私はそう心から期待したい。(みやけ・かほ=書評家)★CDB=Twitterを中心に好きな映画や人物について書いている。「文春オンライン」「Real Sound」「FRIDAYデジタル」などでも芸能時評を執筆。