書評キャンパス―大学生がススメる本― 仲詩織 / 上智大学外国語学部英語学科4年 週刊読書人2022年7月1日号 歴史をかえた誤訳 著 者:鳥飼玖美子 出版社:新潮社 ISBN13:978-4-10-145921-9 グローバル社会、高度情報社会において、異文化との接触を避けることはできない。そして、異文化コミュニケーションの、おそらく最前線にあるともいえるのが、「翻訳」「通訳」であると著者は言う。「言葉は文化であり、文化は言語であるともいえる」からだ。文法や語彙に精通しているだけでは、訳すという行為を遂行することはできない。 最近の例としては、ゼレンスキー大統領が国会演説を行った際の通訳ではないか。通訳者はプロではなく、ウクライナ大使館の職員または外交官が行った。東京女子大の鶴田知佳子教授はこの通訳者の翻訳を、母語ではない日本語にもかかわらず、固有名詞を正しく訳した、話の筋が通っていた、大統領のトーンに合わせた話し方、などのポイントで評価した(朝日新聞、2022)。この通訳者のように、言葉のメッセージを正しく効果的に伝えるためには、両方の文化に関する認識や発言の意図の把握など、下準備が欠かせないのである。 「翻訳者は反逆者」という格言があるが、翻訳で原文を忠実に伝えることは不可能だ、と済ますことはできない。本書は歴史上の重要な場面で起こった「誤訳」を通して、言葉による異文化理解への可能性を考える。まずは、誤訳が日本の歴史を揺るがした非常に有名な例に始まる。ポツダム宣言に対し、鈴木貫太郎首相は「ただ黙殺するだけである」と解答した。首相は「静観したい」という意向を弱気に見せないニュアンスで表現したかったため、「黙殺」という言葉を選択したそうである。時事通信社はこの言葉をignoreと訳し、日本側はポツダム宣言を拒否すると理解された。その数日後に、広島に原子爆弾が投下された。 辞書によれば「黙殺」は「無視して取り合わないこと」(デジタル大辞泉)。総動員体制を国民に強いるなかで無条件降伏にあっさり踏み切れない日本政府の真意が、「黙殺」という言葉には含まれている。一方、ignoreの同義語はreject(拒否する)である(The American Heritage of the English Language,1970)。日本語の「黙殺」という言葉が持つ複雑なニュアンスが連合国側に理解されれば、rejectと解釈されなかったかもしれない。このようにひとつの言葉の訳し方が、同盟関係や経済摩擦に大きく影響する。 また意訳をどの程度まで行うべきかも課題である。例えばドナルド・キーンは「斜陽」を訳す際、「白足袋」をwhite globesと置き換えた。日本文化に慣れ親しんだ人にとって、「白足袋」は「正装ではあるが、やや古めかしい、旧式の和服」を想像させる。しかし異文化の人がwhite socksから同様の意味を思い浮かべることは難しい。そこでwhite globesで、英語文化圏と日本文化圏のギャップを埋める翻訳を行ったのである。 「反省」の英訳についても提起されている。一九九二年の真珠湾五十周年では、天皇・皇后両陛下の訪中に際しての「深い反省」という発言が、外務省によりremorseと訳された。この訳し方が、ニューヨーク・タイムズ紙から批判されたのだ。『ランダムハウス英和大辞典』でremorseは「良心の呵責、後悔の念、懺悔の気持ち」などで、強い語感を持つ。批判の根拠に、日本語の「反省」という言葉に、remorseのもつ「謝罪」というニュアンスが見出せない点をあげた。もし「謝罪」の意図を含むなら、それを政府の新しい方針とすべきだという。ニューヨーク・タイムズ紙による「反省」の英訳はself-reflectionで、「自己を振り返る」程度のそっけない意味合いだ。このコミュニケーション・ギャップが起きた理由は、日本語の「反省」が持つ微妙な意味を表すことができる英語がないからだろう。 翻訳者・通訳者に求められてきた、異文化理解に基づいたコミュニケーションは、今や、一般の人々にも必要不可欠だ。言葉は文化や生活、人の生き方と深く結びついている。その最前線である「誤訳」から、異文化コミュニケーションを学んでいきたい。★なか・しおり=上智大学外国語学部英語学科4年。美味しいものを食べることが生きがい!旬、異文化、料理やマナーに詳しくなって楽しみたい。