書評キャンパス―大学生がススメる本― 畠山夏海 / 帝京大学文学部史学科4年 週刊読書人2022年7月15日号 96敗 東京ヤクルトスワローズ 著 者:長谷川晶一 出版社:インプレス ISBN13:978-4-295-00349-6 プロ野球の年間試合数は143試合。それを踏まえ、この本のタイトルを見ていただきたい。 「96敗」 これは2017年シーズンに東京ヤクルトスワローズの負けた数である。年間勝率約3割。球団ワースト記録を更新し、最下位に沈んだ。 文藝春秋が運営している「文春オンライン」上にて「文春野球コラムペナントレース2017」という試みが行われた。12球団それぞれに専属の担当ライターが現実のプロ野球ペナントレースと合わせて3月から10月までのワンシーズンの間、その球団に関するコラムを書き続け、「誰が一番面白いか?」を競う企画だ。本書は、ペナントレースに参戦したノンフィクションライターでありヤクルトファンである著者によるコラムが書籍化されたものである。著者は製作にあたり、「本書を読むことで『96敗の1年』が追体験できるように意識した」と述べている。 中には連敗が続き勝てない日々や大逆転負けといった、ヤクルトファンにとっては目を背けたい内容もある。 2017年7月7日、5点リードの9回から登板した新クローザー・小川泰弘が3本のホームランを浴び6失点。結果8対9の大逆転負けを喫した。本書では「七夕の惨劇」と表現されており、ヤクルトファンにとっては思い出したくない、忘れたい、トラウマ級の出来事となった。試合後にはファンの不満が現場やネット上で爆発した。しかし、この「七夕の惨劇」のコラムのタイトルには「僕は、あの日の夜を忘れない」と表記してある。元々先発投手として活躍していた小川投手をクローザーへ転向したのは、低迷するチームへの「カンフル剤」であった。決断が吉と出るか凶と出るかはわからない。しかし、それが散々悩んで下した決断だとするならば、ファンは見守っていきたい。そして何かが変わるきっかけとなる敗戦、後に「あの負けがあったから、今がある」と笑える日となると思う、と著者はまとめている。 本書にはヤクルトファンであり人気バンド、クリープハイプのメンバーである、 尾崎世界観氏との対談もある。「7月7日(中略)、僕らは一回死んで、その後は死後の世界にいるような感じなんですよ。」尾崎世界観氏は上記の「七夕の惨劇」をこのように振り返っている。 「どうして他人の勝敗でこんな一喜一憂しているのだろう。」野球好きである自分が野球の試合を見終わり、数時間経ってある程度気持ちの整理が付くと必ず思ってしまうことである。自分のことを気にした方が良いのに、なぜか気持ちはグラウンドに立つ選手・監督と共に戦っているのである。だからこそ投打が噛み合わないワンサイドゲームの試合も、あるいはチャンスを摑めず1点に泣く試合も、プロ野球選手という男たちが繰り広げる一球一球の容赦ないサバイバルゲームが哀しくも美しく、そしてそれ以上に愛おしく思えるのだ。まさに「惚れた者の弱み」である。 絶望的な歴史を見て嘆くより、絶望的な歴史から今、そして未来をどう見ていくか。そんな反骨精神のエネルギーがこの本には詰まっている。この本を読んで、心の奥底に燃える何かを感じたなら、絶対大丈夫。きっともう前は向けているはずだ。★はたけやま・なつみ=帝京大学文学部史学科4年。西武ファン歴14年、横浜ファン歴7年のセパ二刀流。現地では外野席で大声で応援歌を歌う派。しかしコロナ禍で応援歌を歌えないため、なかなか現地に行けないのが悩み。