闘争の同志、理不尽なニュース、パレスチナ解放… 藤原龍一郎 / 歌人 週刊読書人2022年7月15日号 歌集 暁の星 著 者:重信房子 出版社:皓星社 ISBN13:978-4-7744-0765-4 五月末に満期出所した重信房子は、獄中で短歌をつくり、すでに二〇〇六年には歌集『ジャスミンを銃口に』を上梓している。この『暁の星』は第一歌集以後の十六年間につくられた五千六百余首の歌群の中から、歌人の福島泰樹が選んだ九百余首によって構成されている。巻末には福島による四八頁にわたる重厚な跋が付され、読者への熱いメッセージとなっている。 大寒の獄舎の隅にはこべらと黄のかたばみの春をみつけし 竜胆の一輪残りし秋の房ル・カレの暗き物語捲る 秋匂う九月になったそれだけで雲の象が変わりはじめる 良質な抒情の感じられる歌だが、やはり、これらの歌がこの歌集の本筋というわけではない。福島泰樹が指摘するとおり、この一巻は「記憶と再生の生の記憶」ということになる。 かつての闘争の同志であった友たち、強く自分を支え続けてくれた父の像、そして、一人娘への思いが繰り返し詠われている。 再会の約束果たせず獄中でインター歌えり君の命日 連赤で逝きし友らを記す時私は同じ二十代となる 革命に道義的批判はしないという七四年の父の記事読む 暁の群青に残る星一つ父のハモニカ聴こゆる命日 雪の褥兵士に抱かれ生き延びし嬰児ライラ五十如何にあるらん 張る乳を土に還して吾子置いて命の交渉奔りし日も秋 回想と現在の現実の落差を超えて、ここに記憶と再生が確かにあると思わせてくれる。 一方でさまざまな世間の事象、とりわけ理不尽な政治的なニュースに敏感に反応した作品も予想以上に多い。 今の日本平和省があったなら「戦争は平和」と教えるだろう 憧れのクールジャパンの結末は未必の故意の入管殺人 妻の努力ついに実りて「赤木ファイル」抗議の死と知る国家の犯罪 「森友」に始まり「桜」に暮れる国世界の良心嘲笑っておりぬ 「任命拒否」九十九人声挙げよ六人よりも声高く挙げよ 一首目の歌はジョージ・オーウェルの『一九八四年』を下敷きにしている。以下の歌はここ数年にテレビや新聞を賑わわせたニュースが素材になっている。新聞歌壇に投稿された歌だといっても、疑問に思わないだろう。 さらに、この歌集の最大の特徴を言えば、重信房子自身の人生のテーマであったパレスチナ解放の歌が繰り返し詠われていることだ。 パレスチナ降伏強いるトランプ案 否、否、否、と闘い続く パレスチナの民と重なるウクライナの母と子供の哀しい眼に遭う 別れるため抱き合う国境ウクライナまたパレスチナが重なり見ゆる 最後に重信房子らしいと最も心に響いてきた一首を挙げておく。 刑務作業終えたひとときを刺激してシモーヌ・ヴェイユの固き論読む (福島泰樹跋)(ふじわら・りゅういちろう=歌人) ★しげのぶ・ふさこ=六七年社会主義学生同盟(ブント)に加入。七一年奥平剛士と結婚し日本を出国。七三年娘メイを出産。二〇〇〇年大阪で逮捕。服役中に短歌を始め、二〇一九年より福島泰樹主宰「月光の会」に参加。二〇二二年五月出獄。歌集に『ジャスミンを銃口に 重信房子歌集』がある。一九四五年生。