書評キャンパス―大学生がススメる本― 舩津唯 / 帝京大学文学部4年 週刊読書人2022年7月22日号 i アイ 著 者:西加奈子 出版社:ポプラ社 ISBN13:978-4-591-16445-7 今日も世界のどこかで人が亡くなり、どこかで新しい命が誕生している。悲劇の渦中にいる人もいれば、そうでない人もいる。人が亡くなったニュースを見ると、安全な場所で生きていることに、苦しさと申し訳なさでいっぱいになる。それが傲慢であることも分かっている。みんなが幸せであってほしいと、ただ願うだけしかしないのは、結局人を見殺しにしているのかもしれない。そんな悩みを持っていたから、自分の存在を大切にする物語に引き寄せられたのかもしれない。 主人公のアイはシリア出身で、ワイルド夫妻の養子だった。アメリカ人の父・ダニエルと日本人の母・綾子はアイにとても優しく、いつでもアイの選択を尊重した。本来なら紛争が起こるような過酷な地域で生活していたであろうアイは、そんな恵まれた環境を不当に得たものだと感じていた。紛争や事故で犠牲者が報道されると、どうして自分ではないのか、悲劇に襲われる人はどのように決まるのか、自分はまた生き残ってしまった、という思いにさいなまれていた。繊細なアイにはミナという高校からの親友と、デモ活動で出会った夫のユウが側にいた。自分を滅して周りに合わせるように過ごしていたアイにとって自然な態度のミナは家族旅行に一緒についてくるほどお互いを理解しあえる仲だったし、ユウはアイの世界が彼一色に染まってしまうほどの大きな存在だった。 しかしアイとミナの間に、ある出来事が起ったとき、アイはミナの選択が許せなく、今までお互いを肯定し合っていた二人は初めてぶつかった。 二人の辛い状況が真逆なものであるからか、読者である私の気持ちは複雑な思いでぐちゃぐちゃになった。どちらも経験したことがない悩みなので、理解したくてもできず、傍観者になってしまった。ただ、ミナの「一言で言い表せないという表現は実際は正しい」という考え方に、アイやミナ自身だけでなく、読者の複雑な感情もそのままでいいのだと許してくれているように感じた。 最後の場面で、アイとミナが、お互いに本音で話したからこその強いきずなで結ばれたとき、お互いのさわやかで晴れやかな笑顔が想像できた。数学教師がはなった、虚無数i、つまり「アイは存在しない」という言葉を呪いをかけられたかのようにずっと覚えていたアイが、その呪いから解放され、 「この世界にアイは、存在する」と叫んだ。この叫びとともに、ありがとうや大好き、愛という純粋な思いが込められた言葉が並ぶことで、読者も周りに感謝もするけれど、まずはたくさん自分を愛して許してあげようとなると思う。 著者は刊行記念インタビューで「アイちゃんは最初、ミナがいてくれてユウがいてくれて自分がいると思っている。でもそうじゃないんですよね。私がいるから、みんながいて、あなたがいるんですよね」(ポプラ社ウェブサイト)と答えている。人に恵まれているだけでなく、自分も人に幸せを贈っている、とそう思うような傲慢だったら抱いてもいいのかもしれない。この世界に愛は存在する、という著者の心の叫びがたくさんの人に響いてほしい。★ふなつ・ゆい=帝京大学文学部4年。今年の目標は、一人旅をすることと芸術にたくさん触れることです。