書評キャンパス―大学生がススメる本― 大塚 周 / 明治大学文学部2年 週刊読書人2022年8月5日号 オーデュボンの祈り 著 者:伊坂幸太郎 出版社:新潮社 ISBN13:978-4-10-125021-2 二か月前にソフトウェア会社を退職した二十八歳の伊藤は、自分の人生をリセットしてみたいという理由でコンビニ強盗を試みるが、失敗する。そして彼は、中学時代の知り合いである城山によって逮捕される。城山は警察官でありながら、昔から人を痛めつけるのが趣味であり、人の苦しむ姿を見て愉しむ残忍な人間である。伊藤はそんな城山に捕まってしまったことを後悔していたが、図らずも乗っていたパトカーから逃げることに成功し、そのまま必死に逃走しようと試み、気づくと見知らぬ島にいた。 荻島というその島は、約一五〇年前から外界と隔絶されており、伊藤を連れてきた轟という男以外は、島の外へ出入りすることができない。島には、桜という唯一拳銃を所持する男がおり、彼は彼の判断で人を撃つことが認められている。そして優午という会話のできるカカシが存在し、未来で何が起こるのかを知っている。そんな非日常的な世界で、伊藤は暮らすこととなる。 しかし、ある日優午が殺され、物語は一変する。優午は島の人々にとって神様のような存在であったこともあり、その不在により島民に不安が生まれる。未来を見通せるはずの優午は、なぜ自分の死を防げなかったのか。伊藤はその謎を追う。 一方、城山は伊藤が荻島にいるという情報を聞きつけ、彼の元交際相手である静香を脅し、共に荻島へと向かう。優午の死の謎、伊藤の運命、島には大事なものが欠けているという言い伝えがあるが、それはなんなのか、伊藤はそれを補うことができるのか。 この島は、過去に支倉常長によって、ヨーロッパとの交流所として使用されていたり、優午の語りの中に、オーデュボンという百年以上も前に実在した動物学者が出てくる点など、フィクションとリアリティが共存する不思議な世界観が魅力である。優午は自身をオーデュボンと重ねており、同時に荻島の島民を過去、アメリカで、食用のために人間によって絶滅させられたリョコウバトと重ねている。その上で優午もオーデュボンもそれぞれ、荻島の島民とリョコウバトを救うことはできず、祈ることしかできないことを語る。 だがこの二人には、決定的な違いがある。それは優午には未来が見えること、そして何よりも人間の可能性を信じていたことである。だからこそあえて、彼は未来で起こる出来事を教えず、自分が信じた人間達に任せたのではないか。題名に込められた意味を考えると、オーデュボンの祈りは、殺されるリョコウバトへの縋るようなものだったのに対し、優午は、自らの信じた人間達への祈りだったことが興味深い。 一〇〇年ぐらい前、優午の精神の形成に資したお雅がこんな言葉を残している。「先のことなんて知らない方が楽しいんだ。もし誰かに聞かれても『面白くなくなるよ』って言って、教えないほうがいいさ」。人間は未来を知らないからこそ、希望を探しながら「勇気」という特別な歩み方をするのではないか。そのようなことを考えさせる、作品だった。★おおつか・しゅう=明治大学文学部2年。漫画、小説などジャンル問わず幅広く読みます。今年の目標は読むスピードを早くすること。500ページ以上の分厚い本を1日で読み切りたい。