学際的に議論するための道標 西貝怜 / 目白大学社会学部・中央学院大学法学部非常勤講師・生命倫理学・日本現代文学文化・魚類生態学 週刊読書人2022年8月5日号 合成生物学は社会に何をもたらすか 著 者:島薗進・四ノ宮成祥(編著) 出版社:専修大学出版局 ISBN13:978-4-88125-370-0 合成生物学は、バイオテクノロジーや生化学、ゲノム編集などの様々な生命科学関連の応用分野や技術を融合した学際分野である。ただ、合成生物学はその学際性を用いて生命の新たな活用方法を生み出そうとするだけでなく、生命をより多面的に理解しようとする役割もある。この合成生物学が、①一体どのようなものなのか、②「社会に何をもたらすのか」の2つをテーマとして、2020年に宗教学者の島薗進が代表を務めるゲノム問題検討会議で公開セミナーが開催された。そして、このセミナーをもとに本書は編まれた。これらのことが島薗により「はじめに」で書かれている。 先述した②について、特に合成生物学が社会へ弊害をもたらす可能性と対処の方法について注目し、これらの問題を「市民社会が関心を持ち」「考えていくための手がかりを提供する」。「はじめに」に続いて島薗は「序章 合成生物学は社会に何をもたらすか」でこのように本書の目的を述べている。また、序章以降の本論は全四章からなり、1・2章が①に、3・4章が②に該当する。この1・2章に関わる合成生物学の様相とその歴史、3・4章と関わる合成生物学と社会の関係ですでに問題になってきたこと、これらの「背景について」の「あらまし」が、序章で主に書かれていることである。 科学技術としての合成生物学の様相については、木賀大介が「第1章つくることで生命を知る――合成生物学とその産業応用」で詳しく解説している。木賀は、合成生物学の「役立てる」と同時に「理解する」ような性質について、壊れたおもちゃを「直すことでおもちゃがどう動いているか理解できる」と例えている。バイオテクノロジーと制御工学との連携の中で造られた「点滅するバクテリア」など、面白い事例が多数、いきいきとした筆致で挙げられている。 四ノ宮成祥は、続く「第2章 合成生物学によるウイルス作成とデュアルユース問題」において、タイトルの通り合成生物学の知見の軍事転用について、その技術的な在り方やこれまでの議論を丁寧に説明している。なお、木賀と四ノ宮は合成生物学分野の科学者であり、前章と本章では、合成生物学と社会のかかわりについて科学者としての視点からの意見も述べられている。また、当日のセミナーでのフロアとの議論の文字起こしも、本論である1~4章の末尾に収められている。前章も本章も科学的な合成生物学の性質を読者に知らせるだけでなく、先の②のテーマに密接に関わっているのである。 「第3章 合成生物学をめぐる生命倫理とDARPAの関心」は、科学ジャーナリストの須田桃子による。「アメリカの合成生物学の最大のパトロン」であり、枯葉剤などの軍事技術を開発したDARPA(国防高等研究計画局)がこれまでにどのように合成生物学に関わっていたか。また、合成生物学に関わる倫理的問題について特に大学生はどのように考えているかなどが書かれている。須田はすでに、『合成生物学の衝撃』(文藝春秋)を著している。さらに合成生物学と社会の関係について知りたい読者は、こちらの著書を読むことを薦める。本章と同じく、丁寧な取材や分かりやすい記述で読みやすい。 本論としての最終章は、科学技術政策の研究者の原山優子による「第4章 科学技術イノベーション政策の視点から」である。自身の実務経験の語りからはじまり、科学技術イノベーションの意味や関連する政策の在り方、予期しない問題への社会的なコンセンサスについて解説されている。本章の質疑応答がほかの章と比べて最も長い。ここではさらにイノベーションや政策の在り方が掘り下げられたり、2章のデュアルユースの問題が取り上げられた上で、合成生物学の問題が議論されている。そして、「総合討論」「(資料)合成生物学関連、科学技術イノベーション関連政策年表」、四ノ宮による「あとがき」と展開されて、本書は閉じられる。 本書は、本論の問題の背景を語る序章により理解が促進され読み進めやすい。さらに本論の各章が独立的というよりも密接に関わり合っていて、全体の印象として散漫にならず総体的な議論が展開されている。この本書の特徴を示すために、「総合討論」をはじめとした質疑応答や「あとがき」まで詳しく紹介できなかったが、「はじめに」と序章、本論の全4章をその関係性も含めて丁寧に記述したつもりである。 島薗は「総合討論」で「こんな集いをもっと多くの人に聞いてほしかった」と述べているし、四ノ宮も「あとがき」で「合成生物学と社会の関係を考える一つの道標」になればと願っている。合成生物学の様相そのものも提示しながら、しっかりと議論する道を拓いた本書は、未来においても著者らの願いを叶えるに違いない。(にしがい・さとし=目白大学社会学部・中央学院大学法学部非常勤講師・生命倫理学・日本現代文学文化・魚類生態学)★しまぞの・すすむ=東京大学名誉教授・宗教学・死生学・応用倫理学。上智大学グリーフケア研究所所員、大正大学客員教授。著書に『ともに悲嘆を生きる』『新宗教を問う』など。一九四八年生。★しのみや・なりよし=防衛医科大学校長・微生物学・免疫学・分子腫瘍学・バイオセキュリティ。著書に『生命科学とバイオセキュリティ』など。