フェミニズムとの出会い、揺らぎ、距離感 松岡瑛理 / ライター 週刊読書人2022年8月19日号 いいから、あなたの話をしなよ 女として生きていくことの26の物語 著 者:チョ・ナムジュ、他25名(共著) 出版社:アジュマブックス ISBN13:978-4-9102760-4-5 韓国に生きる二六人のフェミニストが、自身とフェミニズムとの出会いや、思いの変遷を綴ったエッセイ集だ。 ♯Me Tooムーブメントや映画界の性暴力告発などをきっかけに、近頃、フェミニズムが世界各国で盛り上がっている。隣国も例外ではない。二〇一六年、ソウル・江南駅近くのトイレで二〇代の女性が面識のない男性に突然殺害される通り魔事件が起きる。これが一つのきっかけとなって、韓国女性たちはSNSでも街頭でも、自身の体験を語り始めるようになった。 フェミニズムへの入口は様々だ。日本でも映画化されたベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者、チョ・ナムジュ氏の場合は、自身の妊娠・出産だった。もとはフリーランスとしてテレビ番組の台本を執筆していたが、子どもが産まれ「実質休業」となった。朝早くに家を出て深夜に帰宅する夫を横目に、二四時間子どもと一緒に時間を過ごすなか、「私が世界のすべてである子どもを胸に抱きながら、私は自分の世界を恋しがっていた」とチョ氏は回想する。その後、フェミニズム関連の記事を集めるようになり、これまでの悩みと後悔を小説にまとめあげた。作家として再び表舞台に立つ今、「大韓民国で女として生きながら経験してきた数多くの不合理なことを、必然や宿命として受け入れたくはない」と決意を記す。 対照的に、フェミニストになってからの葛藤を語るのは女性団体で働くパラン氏だ。幼い頃から家庭でも学校でも、男性中心の文化に疑問を抱いていたという。大学時代は女性学科に属し、卒業後、大学の研究員などを経て現職に就いた。周囲からはフェミニスト・アイデンティティを確立しているように見られるが、「フェミニストとして生きてゆくことはあらゆる点でしんどい。特に、フェミニズム活動をしながら生計を維持する『職業フェミニスト』は財政的にも非常に厳しい」「公的な立場から発言するたびに私がどれほどためらい、揺らぎ、不安を感じているか」と、痛切な思いを訴える。 海を隔てた国の話であるにもかかわらず、どのエッセイもまるで自分の心情を言い当てられているようだった。ここで、この原稿を書いている「私」の話を少しだけ。大学時代、講義をきっかけにフェミニズムに関心を持ち、大学院ではジェンダー研究のゼミに所属した。現在は、フリーランスの雑誌記者として働いている。 フリーランスという立場上、もし子どもができれば、チョ氏のように仕事を「実質休業」とせざるを得ない恐怖をいつも間近に感じている。女性記者の数も増えてはいるが、メディア業界では依然として男性が多数派だ。会議によっては、出席している女性が自分だけということも珍しくない。そんな中、男女差別をテーマとした企画を提案する時は、いつも自分が浮いているように感じ、パラン氏のようなためらいと揺らぎを覚えてしまう。 こんな自分を今まで情けないと思っていたけれど、第一線で活躍するフェミニストですら同じような思いを抱えているのだと知り、肩の荷が下りた気分になった。 編者の一人であるチョ=パク・ソニョン氏は言う。「フェミニズムは常に問いを投げかけるが、答えは与えてくれない。その開かれた勇気に向かって一歩踏み出す勇気を持った者がフェミニストである」。 生まれつきのフェミニストもいなければ、二四時間、フェミニスト・アイデンティティを背負い続けなければならないわけでもない。フェミニズムとのいかなる距離感も肯定する本書を読んで、「実は、私も……」と自分の話を始めたくなる読者は多いだろう。押し付けられてではなく、自分の側から自然と手を伸ばしたくなる。そんな本書は、次世代向けのフェミニズム入門書にも打ってつけだ。(李美淑監修・大島史子訳)(まつおか・えり=ライター)★チョ・ナムジュ=作家。著書に『82年生まれ、キム・ジヨン』『彼女の名前は』『ミカンの味』『サハマンション』など。一九七八年ソウル生まれ。