「伝わる」・「伝える」という行為の多元性 中村泰朗 / 広島大学大学院人間社会科学研究科助教・日本建築史 週刊読書人2022年10月7日号 伝達と変容の日本建築史 伝わるかたち/伝えるわざ 著 者:野村俊一 出版社:勉誠出版 ISBN13:978-4-585-35001-9 正直なことを言えば、本紙編集者から『伝達と変容の日本建築史 伝わるかたち/伝えるわざ』の書評依頼を受けたとき、それを承諾するかどうか困ってしまった。なぜならば本書のタイトルが令和二年に開催された特別展の名称と同じであったからである。その特別展は同年九月二六日から一一月二三日まで東北歴史博物館(宮城県多賀城市)で開催されており、よくよく調べてみると本書は上記特別展の原案のもと、図録を増補改訂したものであるという。 通常、展覧会の図録と言えば会期中に展示された作品の図版紹介が中心であって、文章としては短めの解説文と学芸員・研究者の小論が数編掲載される程度である。つまり図録とは、その名の通り図版を収録することに主眼が置かれたものであるため、一般的な書籍に比べると文章量が非常に少ないのである。その一方、書評を行うためにはある程度の文章量が欠かせない。本書を未読であった私は、「いくら増補改訂されたとはいっても、展覧会の図録でどうやって書評を書けばいいんだろう」と困っていたのだが、たまたま研究室所属の学生が本書を購入しており借用することができた。 さて本書を実際に読んでみたが、一般的な展覧会の図録とはかけ離れた内容に驚いた。本書は図録としてカラー図版を多数掲載することに加え、書籍としても十分すぎるほどに読み応えがあったのである。本書の構成としては、はじめに編者・野村俊一氏による総論があって、総勢一〇名の若手・中堅研究者による専門別の長文解説が続く。そして特別展に関連した小論が三編と期間中に開催された講演会の記録があり、巻末には資料編として建築部材名称の説明、作品の所蔵先・所在地などが紹介される。 なお編者・野村氏は本書の目的について、「一つは、建築の情報がどのように伝達し変容したのかについて検討すること、もう一つは、建築史資料を再整理し広く紹介すること」と述べる。この目的を踏まえたとしても、本書はもはや単なる図録の増補改訂版とは言い難く、カラー図版を豊富に掲載した日本建築史の新たな概説書として位置付けられるだろう。 本書で特筆すべきは各研究者による専門別の長文解説であり、そのジャンルはきわめて多岐にわたる。第一部「伝わるかたち」としては、組物・蟇股・木鼻・仏の空間・障壁画・座敷飾・御所・神社・伽藍・大仏殿・層塔・楼閣があり、第二部「伝えるわざ」としては、大工道具・小建築・絵図・図面・大工文書・起し絵図が挙げられる。それぞれの解説は特別展で展示された作品(建物の模型や図面資料など)を中心に行われ、十分すぎるほどに掲載されたカラー図版が読者の理解を助ける。 第一部では、建物の「かたち」がどのようにして伝わったのかという観点で解説がなされる。建物の構造や細かなデザインが時代とともに変化を遂げながら伝わっていく様子、人々が祈りをささげるための建物(および建物内部の室礼)が絵画・図面を通して伝わっていく様子などが丁寧に解き明かされる。また第二部では「かたち」を伝えるための「わざ」が解説される。ここでは各時代の大工が大切にした道具とその進化、大工が文書を使って建築技術を子孫へと伝える方法などが述べられる。また建物の平面を描いた指図、立面・断面を描いた建地割図、ペーパークラフトのような組み立て式の建築図面である起し絵図など、建物の情報を伝えるための「わざ」が具体的な事例とともに分かりやすく解説されている。 本書では「古いものから新しいものへ」という時間の経過による伝わり方のほかに、「中央から地方へ」という地理的観点からの伝わり方、さらには「支配者層から庶民層へ」・「先祖から子孫へ」といった人間の関係性に基づく伝わり方などが示される。歴史に関する研究を進めていると、物事の時間軸での変化にばかり関心が向いてしまうが、本書を読むと「伝わる」・「伝える」という行為の多元性が良く理解できる。 本書の解説は日本建築史のディープな部分にまで及ぶため、古建築の見学を趣味としている方や、大学で建築を学んでいる(もしくは学びたい)という方にとって、興味深い内容が盛りだくさんと言える。本書を読んでいただければ、きっと多くの方に日本建築史の面白さと奥深さが伝わるのではないだろうか。(なかむら・やすお=広島大学大学院人間社会科学研究科助教・日本建築史)★のむら・しゅんいち=東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻准教授・建築史学・文化財学。共編著に『建築遺産』『東アジアのなかの建長寺』『聖と俗の界面』『まなざしの論理』など。一九七五年生。