著者から読者へ 堀越英美 / 文筆家週刊読書人2022年10月14日号 エモい古語辞典著 者:堀越英美出版社:朝日出版社ISBN13:978-4-255-01301-5 まえがきにも書いたとおり、本書は「(二次創作に使える)爆エモな語彙を知りたい」という我が家の中学生のリクエストから生まれた書籍です。 彼女にどんな言葉をエモいと感じるのかを聞いてみると、一例として挙げられたのは「玉響(たまゆら)にあなた 目を閉じて希(こいねが)う」という人気お笑い芸人・粗品さんのボーカロイド曲「希う feat.初音ミク」の歌詞でした。今どきの一〇代はボーカロイド、マンガ・アニメ、ゲームなどを通じて、このような古語に触れているようです。見慣れない不思議な言葉の響き、漢字の字面からエモさを感じ取っているのでしょう。 美しい日本語をセレクトした書籍は、すでにいくつも刊行されています。でも創作をしたい一〇代が求めているのは、美しいだけではなく、感情を強く突き動かす言葉ではないかと考えました。日本の古語がまさにそうした言葉の宝庫であることは、小学生の頃から古語辞典を眺め、万葉集を読むのが好きだった私は感覚的に知っていました。 そして創作のための辞典であるならば、収録語彙数は多ければ多いほどよい。たくさんの言葉の中から自分だけのお気に入りを選ぶところから、自己表現は始まるのではないかと思うからです。 ところが市販の古語辞典をめくるだけでは、期待していたほどエモい言葉は集まりません。そこで五〇万語を収録した日本最大の辞書『日本国語大辞典 第二版』(小学館)を読破して、言葉を採集しようと決めました。とはいえ、これは思ったより時間のかかる作業でした。全一三巻で約二万ページ、重量にして約三二・五キログラム。万葉集で一度だけ使われた言葉、江戸時代のおやじギャグ、大正時代の流行語を含め、おそらく現存する戦前の日本語文献に掲載された言葉はすべて網羅しているのではないかと思われるほどの大著です。エモい、エモくないの判定を瞬時に行いながら候補語をメモしていく過程で、感覚的に受け止めていた「エモい」の内実が見えてきたように思いました。「今・ここ」ではない異界を感じさせる、それが「エモい」ということなのだと。 朝日出版社の編集担当である大槻さんにも、さまざまな語の提案をいただきました。 「この語も入れましょう。毒性のあるものはエモいので」 単なるきれい、かわいいだけではない「エモい」への理解のある編集者に助けていただきながらも完成した『エモい古語辞典』は、当初のターゲットであった一〇代のみならず、親子や高齢者の方にも楽しんでいただけているようです。言葉を通じて「今・ここ」ではない世界に思いを馳せる愉しみに、年齢は関係ないのかもしれません。(ほりこし・ひでみ=文筆家)