〝エンパク〟をよみがえらせた立役者 中澤雄大 / 早稲田大学招聘研究員 週刊読書人2022年10月21日号 演博、そして酒のことなど 鳥越文藏エッセイ集 著 者:鳥越文藏(著)/明日香(編) 出版社:文化資源社 ISBN13:978-4-910714-02-8 銀杏が黄色く染まる早稲田大学正門の緩やかな坂を上り、大隈翁の銅像脇を右に折れると、古い洋館が現れる。坪内逍遙の名を冠した演劇博物館である。一九二八年十月の創設から満九十四年。百万点超の演劇・映像資料を有するアジア唯一の総合博物館として、学内外の共同研究拠点に育ち、演劇愛好者にも親しまれている。本書は、その運営改革を唱えて情報公開の礎を築いた五代目館長の遺稿集である。 著者は歌舞伎学会初代会長、山口県立劇場「ルネッサながと」館長などを歴任し、二〇二一年四月、八十九歳の天寿を全うした。今年九月十八日に大隈講堂で「お別れの会」が開かれた折、紹介された業績で一際称賛されたのが、本書前半で言及した演博との関わりであった。 「俺ほど世界で一番演博を愛している者はいない」と自負した著者が館長に就任したのは一九八八年十一月のこと。それまで学内関係者であっても貴重資料を閲覧するのに一苦労したという。日本近世演劇研究の第一人者であった著者も若かりし頃、「幾度も苦汁をなめた」と直接聞いたことがある。 着任後、「博物館の寿命は二十年である」との通説に接した著者は、設置から六十年経ち「古色蒼然」とした演博の改革の必要性を痛感した。〈時あたかも電算機利用の時代〉を迎えて〈種々のメディアによる資料公開が叫ばれるように〉なっており、募金集めに奔走。次の七十年に向けて収蔵品のデータベース化に努めた。英ケンブリッジ大学の教壇に立った際、当地の博物館の伝統と格式だけではない懐の深さに感激した経験を生かしたのである。 改革は着実に実行され、〈「物」を集めるだけでなく、それを「事」として止揚する〉館に脱皮した。最後の大仕事となった七十周年記念行事では、演博正面に創設者の胸像を建立した。多くの来館者の要望に応える「エンパク」に生まれ変わり、天上で逍遙から「よくやった」と褒められたのではないか。 後半の「酒のことなど」は、日本酒と美味い肴をこよなく愛した著者の人柄と生きる姿勢、ものの見方を垣間見ることのできるエッセイ約三十篇。夕刻、埼玉の自宅へ参上すると、挨拶もそこそこに酒盛りが始まるのが常だった。銘柄は越後の「緑川」と決まっていた。来る者拒まず。年代を超えた門下生らが集う、楽しい宴であった。 胃癌を患い一年間禁酒した話や、おしどり夫婦で知られた秋永一枝・早大名誉教授と一人娘明日香さん、亡き母のために料理番を務めた思い出などが率直な筆で綴られる。「珍しきが花なり」という世阿弥を意識した一篇では、甘エビやサンマの刺身が手軽に食べられるようになった便利さの反面、有り難みが薄れた時代を嘆く。「一枝との日々」と題した遺稿では、愛妻を見送ってから昼酒を飲むなど日常が〈怠惰そのもの〉になったと自嘲するが、酒杯を重ねても決して乱れることはなかった。どのページを繰っても著者の温かい声が行間から聞こえてくるようで、涙腺が緩む一書となった。(なかざわ・ゆうだい=早稲田大学招聘研究員)★とりごえ・ぶんぞう(一九三一~二〇二一)=早稲田大学名誉教授・国文学・日本近世演劇研究。一九八八年から早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長。同博物館の現代的運営に尽力、歌舞伎学会初代会長も務めた。著書に『近松門左衛門 虚実の慰み』『元禄歌舞伎攷』など。紫綬褒章、早稲田大学芸術功労者。