独自の観点から宇宙の不思議を楽しむ一冊 松原隆彦 / 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所教授・宇宙物理学・宇宙論 週刊読書人2022年10月28日号 宇宙を動かしているものは何か 著 者:谷口義明 出版社:光文社 ISBN13:978-4-334-04625-5 題名となっている「宇宙を動かしているものは何か」という、誰もが知りたいと思われる問題について、本書では一般の方にも馴染み深い「エンジン」という言葉をキーワードに、懇切丁寧に解説がなされている。著者の谷口義明氏は著名な天文学者で、銀河やブラックホールなどの観測分野の研究を精力的に行う傍ら、一般向けの著書も数多く執筆されてきた。 評者も一〇年ほど前から宇宙関係の一般向け著書を書き始めたが、研究者としてだけではなく、そちらの方面においても大先輩である。本書も豊かな経験に裏打ちされた著者らしい文体で書かれており、専門家ではない一般読者の頭の中にも、すんなり入ってくる読み心地に仕上がっている。 内容については、冒頭に述べたように、宇宙を動かしている基本的な物理法則や現象などを通して、それらがどんな「エンジン」なのか、という独自の視点から俯瞰したものになっている。さまざまな「エンジン」が出てくるが、主に三つのエンジンが重要だと著者は指摘する。それがどういうものなのか、詳細は読者の楽しみにとっておきたい。 宇宙というのは広大であるばかりでなく、そのスケール感の広がりも、極微の世界から宇宙全体に至るまで、想像を絶する多様性に満ちている。その階層的な広がりごとに、どのようなエンジンが主役となっているかも多様だ。本書は多様な宇宙でいったい何が起きているのかという全体像を把握するのに、ちょうどよい。物理学の一端に触れ始めた高校生には、その先に何があるのかを知るのにも良いのではないだろうか。また、物理学を諦めてしまった社会人にも、興味深く読める読み物になっているはずだ。いくらか簡単な数式が出てくるが、スケール感を数字として実感するために適切なものであり、計算を追うこともできるが、結果だけを見て読み進めてもまったく問題ないだろう。 読者も知っている通り、エンジンとは動力機関である。自動車のエンジンは、ガソリンに含まれている化学エネルギーを、自動車の運動エネルギーに変える。つまり、エンジンとは、ある形態のエネルギーを別の形態のエネルギーに変える働きがあると言ってよいだろう。本書における「エンジン」という言葉も、このような広い意味で使われている。そこで扱われる対象は、素粒子から宇宙全体におよぶ。まさに、森羅万象をエンジンという観点から読み解いていくのである。 エンジンを動かすには、「力」が必要となる。この世界にはさまざまな力が働いているように見えるが、私たちが日常に経験できる力は根本的なレベルで見て、電磁気力もしくは重力でほとんどが説明できてしまう。そのほかには、主に原子核などのミクロの世界で顕著な働きをしている強い力と弱い力の二種類の力がある。これら四種類の力だけで、この世界が動いていることが知られている。本書はこのような事情を基礎から丁寧に説明しており、さらにそれらの力が宇宙の中でどのように働いて、さまざまな現象の「エンジン」となっているのかが、具体的にわかりやすく説明される。 星、銀河、ブラックホール、宇宙の創成やビッグバンから始まって宇宙の終わり方まで、どんなエンジンが動いているのか。宇宙の力について物理学者が書いた本はいくつかあるが、他書には見られない観点から宇宙の不思議さを手軽に楽しめる。ユニークな天文学者のユニークな視点から書かれた新書である。(まつばら・たかひこ=高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所教授・宇宙物理学・宇宙論)★たにぐち・よしあき=放送大学教授銀河天文学・観測的宇宙論。すばる望遠鏡を用いた深宇宙探査で、128億光年彼方にある銀河の発見で当時の世界記録を樹立。ダークマターによる銀河形成論を初めて観測的に立証した。著書に『宇宙はなぜブラックホールを造ったのか』『アンドロメダ銀河のうずまき』など。一九五四年生。