編著者から読者へ 井下千以子 / 桜美林大学教授・教育心理学・大学教育研究週刊読書人2022年11月18日号 『思考を鍛える ライティング教育 書く・読む・対話する・探究する力を育む』 著 者:井下千以子 出版社:慶應義塾大学出版会 ISBN13:978-4-7664-2830-8 人知を尽くしても解決困難な不測の事態が頻発している。パンデミック、気候変動による自然災害、勃発する民族間の紛争、核のジレンマなど、世界規模で、叡智を結集し、建設的に協調していくことが求められている。変化の激しい混迷の時代を生きる生徒・学生に向け、情報の信憑性を判断し、粘り強く考え抜いたことを、自分の言葉で伝え、話し合い、疑問を呈する思考力に加え、共感する感性を持ち、連携し、行動していくことができるよう、学校や大学ではどのような教育ができるだろうか。 「思考力を鍛えること」「書くことの教育」「書き言葉の教育」は、小学校から大学まで、古くからすべての教育において重要な課題であった。このたび、古くて新しいテーマとして、ライティング教育と大学教育の第一線で活躍する研究者らと共同研究する機会を得た。本書はその成果である。 本書における「思考を鍛えるライティング教育」とは、書き方のハウツーではない。学生が自分と向き合い、自分が明らかにしたいことは何かを考え抜いて書く力を鍛えること、自らの思考を可視化することを支援する教育である。広く学問に学び、情報を収集判断し、文献を読み込み、現実を批判的に検討し、問いを温める。そして論理的に考えて書く力を鍛えるプロセスには、自己を省察し、教養を深め、人間として成長する醍醐味がある。それは、変革期を生きる人間形成の基本となる。 そこで「思考を鍛えるライティング教育」の目標を、混迷の時代にあってこそ、重視し継承すべき課題とし、〝変革期を生きる人間形成の基本となる、教養ある「自律した書き手」の育成〟とした。哲学もなく、感性もないところに思考はない。どのような問いを立てるかはアカデミック・ライティングの根幹である。何をどう書かせるかは、どのような人間を育てたいか、どのような社会にしたいかにつながる。 本書は、四部構成で、第一部は、書くために必須の思考力・読む力・対話する力を鍛えることも含めた包括的なライティング教育の実践の分析と報告である。第二部は、高大接続~大社接続(大学と社会との接続)まで、「接続」と「探究」の観点から問題提起している。第三部では、正課科目としての授業と、正課外でのライティングセンターを連携した支援のあり方を提案している。第四部では、分野を横断する学術日本語について考察し、二一世紀型能力と思考を鍛えるライティング教育の未来について俯瞰している。 本書には多くの授業実践が報告されている。中学・高校から大学、社会人まで長いスパンで「書く力」「考える力」、そして「読む力」を育むことに関心のある読者にぜひお読みいただきたい。二〇二三年度より高校二年生が使う教科書に「探究」が導入される。高大接続でも「考えて書く力・読む力」は必須だ。テキスト『思考を鍛えるレポート・論文作成法』(慶應義塾大学出版会)も授業で活用されたい。(いのした・ちいこ=桜美林大学教授・教育心理学・大学教育研究)