非行の「根っこ」にある問題の複雑さ 大江將貴 / 京都大学大学院教育学研究科研究員・教育社会学・犯罪社会学 週刊読書人2022年12月2日号 非行少年たちの神様 著 者:堀井智帆 出版社:青灯社 ISBN13:978-4-86228-121-0 少年による刑法犯の検挙人員は、二〇〇四年以降一貫して減少傾向が続いている。本書は、少年育成指導官として、何かしらの問題行動を抱えた子どもたちと向き合った著者の二一年間の軌跡を記したものである。著者が少年育成指導官として勤務していた二一年間は、少年による刑法犯検挙人員が減少し続けている時期と大部分が重なる。 しかしながら、少年による刑法犯検挙人員の減少は、少年の抱える問題が軽くなったことと同義ではない。本書を通じて描かれているのは、「叱る」や「諭す」といった大人たちの関わりではどうにもならなくなった深刻なケースである。それぞれのケースからは、少年たちが抱える問題の複雑さが浮かび上がってくる。 本書は全一一章から構成されている。第一章では、著者が少年育成指導官に辿り着くまでの経験が紹介されている。第二章から第六章では、著者が関わったケースについて詳細に記述されている。第七章と第八章では、当事者のインタビューも交え、少年たちが生きづらさを抱えながら過ごしていた様子が描かれている。第九章では、これまでに著者が経験してきた相談の多くに共通したマインドや助言が紹介される。第一〇章では、問題行動の種類ごとに、子どもが大人たちに発しているメッセージがどのようなものであるかを記述し、問題行動の理由を紐解く示唆を提示している。第一一章では、自身の子どもを非行に走らせないようにするために、保護者としてできることや心掛けることを、著者のこれまでの経験に基づいたアドバイスが述べられている。 本書に登場する少年たちは、小学校高学年のときにバイクの無免許運転で学校に登校してくる、盗みを何度も繰り返す、お金を稼ぐために援助交際をするなどの問題行動を起こしている。著者は、このような問題行動を子どもたちからのSOSのメッセージだといい、「なぜその問題行動を起こさなければならなかったのか」、その理由を少年と関わりあいながら探っていく。すると、それまでに家族が薬物を使用する場面を目撃していたり、家族から性的虐待を受けたりした経験を持っていることが少年たちから語られるようになる。 本書の特徴は、少年との丁寧な関わり合いのなかから非行の「根っこ」にある問題を聞き取り、描き出していることである。各ケースから示唆される非行の「根っこ」にある問題の代表例は、被虐待経験である。著者が直面したケースの多くでも、虐待が関わっている。また、著者は少年のみではなく、少年たちの保護者への支援もあわせて試みる。すると、その保護者自身も虐待を受けた経験を持つ場合もあり、虐待が世代を超えて連鎖している現象もみられる。 我々が少年非行などの報道を目にするとき、問題行動を起こした少年の「根っこ」にある問題を目にすることはほとんどないだろう。本書で取り上げられているケースは、報道されるようなケースではないものの、少年たちの「根っこ」にある問題が丁寧に記述されており、いずれも貴重なものばかりである。 少年たちは、過去に自身が受けた虐待の経験などを徐々に著者へ話すようになっていく。しかし、彼ら/彼女らが自身の虐待経験といった辛い経験を他人に語ることは容易なことではない。時間をかけて信頼関係を築き、彼ら/彼女らや保護者から「堀井さんだけは違う」「お母さんみたい」と言われる著者だからこそ聞き取ることができたものだといえるだろう。 本書で描かれていることは、立ち直り支援を考えるうえで重要な示唆を提供している。非行からの立ち直りの文脈では、問題行動の改善に焦点を当てられることが多い。しかし著者は、虐待に代表される非行の背景に潜む少年たちの被害経験からも目をそらさない。非行少年のことを理解するうえで、少年たちが経験している被害経験が描かれていることの意義はきわめて大きい。 最後に、『非行少年たちの神様』という本書のタイトルは、著者が関わった少年からもらった言葉を使用したとのことだが、非行少年にとって著者のような「神様」といえるような存在が社会に増えることを願ってやまない。そのためには、少年育成指導官である著者のような専門家のみではなく、社会を構成している我々が、彼ら/彼女らに寄り添い、彼ら/彼女らのことを「理解しようとする」姿勢を持ち続けなければならないだろう。(おおえ・まさたか=京都大学大学院教育学研究科研究員・教育社会学・犯罪社会学)★ほりい・ちほ=二〇二二年まで福岡県警察本部北九州少年サポートセンター勤務。現在はフリーの立場で子ども相談、講演活動などを行う。少年非行の根っこに寄り添い、その背後にある虐待の問題に取りくむ。