歴代知事の言動から県民意識の変遷を映し出す 鈴木英生 / 毎日新聞専門記者 週刊読書人2022年12月9日号 沖縄県知事 その人生と思想 著 者:野添文彬 出版社:新潮社 ISBN13:978-4-10-603889-1 沖縄の戦後史をまとめた本といえば、以前は、新崎盛輝『沖縄現代史 新版』(岩波新書、二〇〇五年)を筆頭に、民衆運動史観と言うべきものが目立った。沖縄戦を生き延びた人々が、米軍に抗し、復帰運動に決起する。復帰後も広大な基地が残り、平和な沖縄を求める苦闘は続く、と。 近年は、県内政界史を軸に、県政与党勢力「オール沖縄」までの道筋と現在を描く本が目立つ。たとえば、櫻澤誠『沖縄現代史』(中公新書、一五年)や平良好利・高江洲昌哉編著『戦後沖縄の政治と社会』(吉田書店、二二年)である。本書もこの系譜だ。民衆運動史から政界史への転換は、それ自体、本土と沖縄の関係の変化を反映しているように思う。 本書は、一九七二年の本土復帰以降の知事八人の人生を、一章ずつで浮き彫りにした。そこに映るのは、本土と大きく違う歴史を生きた政治家たちの苦悩と、その苦悩が本土側に共感されなくなった末、新たな決断を迫られる沖縄の姿である。 保革の歴代知事は、二大県益と言うべき基地の整理縮小と経済振興の両方を追求してきた。保守が政府寄りで経済重視、革新が護憲・反基地と簡単に割り切れない。復帰後初の保守系知事(三代目)だった西銘順治(二一年生まれ)は、首里城復元や県立芸術大設立で沖縄文化を「保守」した。初めて、訪米して普天間飛行場移設を訴えた知事も西銘だ。同じく保守系で五代目知事の稲嶺恵一(三三年生まれ)は、県として初めて、日米地位協定の改定案をまとめた。 革新も、初代の屋良朝苗(〇二年生まれ)がゼネストを回避したり、四代目の大田昌秀(二五年生まれ)が軍用地契約更新の公告・縦覧代行に応じたり、「現実的」に動いた。人事も、大田が後に六代目知事となる財界人、仲井真弘多(三九年生まれ)を副知事に選ぶなどバランスを取った。 特に九〇年代以降の沖縄は、基地問題で具体的な提案をしてきた。大田は、二〇一五年までの米軍基地撤去を訴えた。稲嶺は辺野古移設を一五年以内、軍民共用の限定付きで受け入れ、仲井真は、〇六年の初当選時に普天間飛行場の三年以内閉鎖を訴えた。 対する日本政府は、九六年、当時の橋本龍太郎首相が大田との初会談を「『申し訳ありません』という、言葉から話を始めたい」と切り出した。本書は、小渕恵三や野中広務らの同様の発言も収める。本土側は、沖縄の歴史を理解し配慮すると受け止められる姿勢も見せた。だからこそ、沖縄側も、ときにはある程度納得して妥協ができた。 そんな時代は、稲嶺案を尊重する辺野古移設案を閣議決定(九九年)した小渕政権の頃まで。〇四年、米軍ヘリコプターが沖縄国際大学に墜落しても、小泉純一郎首相は稲嶺との面会を断る。小泉は、テレビでスポーツ観戦中だったとか。第一次安倍晋三政権は〇六年、沖縄側の意見を無視して、新たな辺野古新基地案を閣議決定した。 沖縄が追い詰められた末、自民党県連幹事長などを歴任した翁長雄志(一九五〇年生まれ)は、一四年、「(保革の)イデオロギーよりアイデンティティー」と唱え、革新政党から財界まで巻き込んだオール沖縄を立ち上げて七代目知事となる。 翁長は、県民が「アイデンティティーに目覚めた」きっかけを、〇七年の歴史教科書問題とした。文部科学省が、教科書検定で沖縄戦での集団自決に日本軍の強要などがあったとする記述を修正させようとし、抗議の県民集会は一一万人を集めた。翁長の父は最初期の沖縄戦慰霊塔「魂魄之塔」を建てた保守政治家でもある。ところが一五年、菅義偉官房長官は、沖縄の苦難へ理解を求める翁長に「歴史を持ち出されたら困りますよ」と言い放つ。歴史感覚を喪失した本土は、沖縄を敵視し始める。既に一三年一月、翁長らは東京・銀座で、右翼に「中国のスパイ」などと罵声を浴びせられていた。 本書の内容を外れるが、今年九月の知事選の選挙期間中も「沖縄を中国の属国にしたいデニー候補」などと中傷し、刑事告発された大阪府泉南市議がいる。一〇月には、実業家のひろゆき氏が、辺野古新基地反対運動を揶揄するツイートをして、28万を超える「いいね!」を集めた。鋳型をはめたような差別が、本土で拡散し続けている。 本書は、県民と知事たちが、沖縄への基地集中を「割り切る」か「割り切れない」かの狭間で葛藤してきたと説く。前者の極限が菅と信頼関係があり安倍政権と「和解」した仲井真で、後者の極致が「安倍首相には負けたくない」と言い続け、在任中の一八年に死んだ翁長だろう。ただし仲井真でさえ、本書の記述で最も早く、過重な基地負担を「差別」という言葉で批判している。 辺野古新基地の工事は、中止されなければあと一〇年以上続く。今後も「割り切る」と「割り切れない」で揺れ続けるだろう沖縄を、本土はなぜ差別するのか。差別して、いったい誰がもっとも得をするのか。それを考える基礎文献としても、参照されるべき一冊である。(すずき・ひでお=毎日新聞専門記者)★のぞえ・ふみあき=沖縄国際大学法学部地域行政学科准教授・国際政治学・日本外交史。著書に『沖縄返還後の日米安保』『沖縄米軍基地全史』など。一九八四年生。