日常の小さな不思議から考える 伊藤和弘 / ライター 週刊読書人2023年3月24日号 13歳からのサイエンス 理系の時代に必要な力をどうつけるか 著 者:緑慎也 出版社:ポプラ社 ISBN13:978-4-591-17602-3 高校生・高専生科学技術チャレンジ、日本物理学会Jr.セッション、高校生バイオサミットなど、今世紀に入ってから中高生を対象にした「科学コンテスト」が次々と生まれている。そうしたコンテストで高い評価を受け、やがて一流大学に進学していくのは、どのような子どもたちなのか?本書はサイエンスライターの著者が、一〇代で科学コンテストを受賞した八名の少年少女を取材したノンフィクションである。 研究内容は高度であっても、いずれもテーマが素朴でとっつきやすいのが一〇代らしい。第三回グローバルサイエンティストアワード〝夢の翼〟で文部科学大臣賞(最優秀賞)や、第四五回全国高等学校総合文化祭紀の国わかやま総文二〇二一自然科学部門(物理)最優秀賞を受賞した、長崎県立大村高校の木村かんなさんの研究テーマは、「落ち葉に裏向きが多い理由」というもの。現在、英国留学中の高校生エンジニアとして活躍する大塚嶺さんは、曾祖父のために新聞の小さな字を拡大するアプリ「らくらく読み読み」を開発。わずか一二歳で、「未踏ジュニアスーパークリエータ」に認定された。 「麹菌はなぜ同心円状の輪を作るのか」を研究し、第五回高校生バイオサミットin鶴岡で文部科学大臣賞、第一三回高校生科学技術チャレンジ科学技術振興機構賞を受賞したのは、横浜サイエンスフロンティア高校の山本実侑さん。彼女が麹菌に興味を持ったきっかけは、麹菌が擬人化されたマンガ『もやしもん』(石川雅之)だった。 米コロンビア大学を卒業し、英オックスフォード大学院博士課程に進んだ田上大喜さんは、京都教育大学附属高校時代にヒトスジシマカの生態研究で第一一回「科学の芽」賞を受賞した。研究の目的は、「なぜ妹は自分よりも蚊に刺されやすいのか」を解明することだった。 科学コンテストは、基本的に希望者が各自で参加するシステムになっており、学校や教師から強制されるものではない。多くの人が見過ごす日常のごく小さな不思議に目をつけ、「なぜなのか」を知ろうとする。仮説を立て、実験でそれを検証していく。本書に登場する少年少女たちの画期的な研究は、すべて純粋な〝好奇心〟から生まれていることがよくわかる。 世界初となる数学の証明「ピザの定理の正N角形への拡張」に挑んだのは、文京学院大学女子高校の野崎舞さんだ。彼女は、「ピザの定理」の第一人者である米ルイジアナ州立大学数学科の元教授に、直接メールを送って教えを請うという、驚くべき行動力を発揮した。中学時代に不登校だった野崎さんは、動画配信サービスで一日二本の映画を観続け、それが英語力の向上に役立ったと語っている。 不登校経験者は彼女だけではない。「反磁性磁化率の測定実験」で日本物理学会第一〇回Jr.セッション最優秀賞や、第一四回高校化学グランドコンテストで金賞を受賞した神野祐介さんも、中学に行かずに大阪府立春日丘高校定時制課程に入学している。普通の親なら何としても学校に行かせようとしそうなものだが、野崎さんや神野さんの親は子どもの意志を尊重し、決して無理強いしなかった。 勉強を強要するのではなく、子どもがやりたいことをごく自然にサポートする姿勢は、彼らの親たち全員に共通している。東大理学部を卒業した三上智之さんは、ラ・サール学園時代に国際生物学オリンピックの存在を父親から聞いて興味を持ち、二年連続で銀メダルを獲得。廃棄物のおがくずで断熱材を開発し、令和二年度スーパーサイエンスハイスクール生徒研究発表会で、国立研究開発法人科学技術振興機構理事長賞(全国二位に相当)を受賞した県立岡山一宮高校の吉田直希さんは、研究のサポートを務めた教師について、「こちらのアイデアをつぶすのではなく、引き出してくれるような指導」をしてくれたと振り返っている。我が子の才能を伸ばしてやりたい親にとって、大いに参考になるに違いない。 数一〇年後、彼らの中からノーベル賞受賞者が生まれる可能性も、決して低くはないだろう。(いとう・かずひろ=ライター)★みどり・しんや=サイエンスライター。著書に『認知症の新しい常識』『消えた伝説のサル ベンツ』、共著に『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』『ウイルス大感染時代』など。一九七六年生。