宇宙規模で展開される生命の豊かさ 湯山光俊 / 文筆家・思想史家 週刊読書人2023年3月24日号 地球外生命を探る 生命は何処でどのように生まれたのか 著 者:松井孝典 出版社:山と溪谷社 ISBN13:978-4-635-13014-1 本書は、広く一般向けにまとめられた地球生命史の本であり、ウイルスとの関係から、進化および生命原理までの四六億年を辿りなおす試みでもあった。著者は地球物理学、比較惑星学、宇宙生物学を最前線で研究されてきた松井孝典氏で、地球外生命探索の現在を知ることができる。「地球生命の原初が宇宙から飛来した可能性について」検証し、地球外の微生物及びウイルスが地球生命史にとって、いかなる役割を担っていたのかを我々に問いかけている。 果たして地球生命の源流は、地球外からの来訪者なのであろうか。現在では、一九八四年に火星由来の隕石「アラン・ヒルズ84001」から微生物の化石のようなものが発見されているが、実証には至っていない。また、生物と非生物のあいだに位置するウイルスが、近年の研究から生物進化に大きく関係していることはわかっている。しかし、ウイルスが宇宙から来訪したものか地球発生のものかは確定されているわけではない。だが、これらいつくかの抜けたピースがあるとしても、今眼前に現れてきたジグソーパズルの全貌は、宇宙規模で展開される生命の豊かさそのものであることに間違いはないのである。 二〇世紀の終わりにNASAで始まったアストロバイオロジー(宇宙生物学)は、宇宙で生命を探索する学問領域である。そこで最も重要な問題の一つが、〈地球生命は地球で生まれたわけではなく地球外から隕石などに取り込まれ飛来した〉という、「パンスペルミア説」と呼ばれる仮説だ。凍結乾燥した状態なら、微生物は何億年も宇宙空間を旅することができ、生存可能な条件がそろえば復活することが、シアノバクテリアなどの研究から実証されているからである。 いわば宇宙からの来訪者の故郷を探す候補地として、火星や木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドス、金星を取り巻く霧の中などに生命探索は行われている。太陽系外の惑星にも、五〇〇〇個以上の惑星が発見されており、その中でも惑星表面に液体の水が安定して存在することができる「ハビタブルゾーン」と呼ばれる宇宙の領域には、来訪者の故郷かもしれない二一個の惑星が確認されている。 これら生命の可能性のある〈系外惑星〉の観測精度を上げるために、引退したケプラー宇宙望遠鏡に続き、TESS探査衛星、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が打ち上げられた。この先、二〇二六年にはPLATO宇宙望遠鏡、二〇三〇年にはHabEx宇宙望遠鏡の打ち上げが予定されている。特にHabExは、「バイオマーカーや植物の痕跡、大陸と海の分布、大陸の植生」などが観測可能となるため、より生命探索の精度は増していくだろう。 とりわけ第五章は、本書の差し向ける問いに、いくつものアイデアを与えている。地球外生命を探る問いの中で、まず大事になる事は、生命と非生命の境界をどう考えるかという点である。その境界に存在しているのが、ウイルスであると考えることができる。一般的にウイルスはDNAウイルス、RNAウイルス、レトロウイルスと大きく三つに分類できる。中でもレトロウイルスは、RNAからDNAを合成し、そのDNAを逆に細胞へ逆転写させてしまう能力を持っている。この能力とともに発生する遺伝子の情報エラーが、生命の進化を飛躍させる非常に重要な存在であることがわかってきた。 また、ウイルスは自分自身を作り出すタンパク合成装置リボゾームを持たないため、我々の細胞内部に忍び込んで増殖してきた。それは宿主である我々に、ウイルスの何らかの能力を共有させることにもなった。近年の研究では、ウイルスこそが有性生殖を行う生物をつくったという考え方もある。哺乳類全般の胎盤は、ウイルス由来の遺伝子によって作られていることもわかっている。すべての脊椎動物において、レトロウイルスが存在し進化の飛躍の鍵を握ってきたのだ。たとえば、地球で生まれた生命の原初となる微生物が、宇宙から飛来したウイルスによって初めて遺伝子の情報交換を可能にし、より環境変化に順応する生命を育んだとも想像できる。 「地球外から生命は飛来したのか」という問いは、もっと大きなビジョンを導き出している。生物という概念はすでに、非生命でもあるウイルスという旅人を含むことで成立していると言うこともできるのだ。言い換えれば、星を渡り宇宙全体によって、生命が育まれているということだ。 それでもなお、著者は地球生命が経験した度重なる生命危機こそが、この惑星独自の高度な生命を生み出してきたのだという確信を語る。星の試練は、生命に飛躍をもたらした。すべての海が巨大隕石墜落により蒸発した四〇億年前、世界がすべて氷に覆われ、全球凍結を二度繰り返した二二億年前と六億年前、生物の九〇%が死に絶えた二億五〇〇〇万年前のプルーム大噴火。立ちはだかる壁をいくつも乗り越えて生き残ってきたがゆえに、地球生命には、全宇宙における特異性と希少性があるのだと著書は考えている。 なお、著者による二〇二一年度のNHK文化講座『地球外生命は存在するか』という講義は、NHKラジオでも放送している。この構成を元に大幅に、加筆され編まれたものが本書であることを書き添えておきたい。(ゆやま・みつとし=文筆家・思想史家)★まつい・たかふみ=千葉工業大学学長・東京大学名誉教授・地球物理学・比較惑星学・アストロバイオロジー。著書に『地球システムの崩壊』(第六一回毎日出版文化賞受賞)『文明は〈見えない世界〉がつくる』『138億年の人生論』など。一九四六年生。