都市自治体中心の失業対策への積極的な評価 本内直樹 / 中部大学教授・イギリス社会経済史 週刊読書人2023年4月14日号 失業を埋めもどす ドイツ社会都市・社会国家の模索 著 者:森宜人 出版社:名古屋大学出版会 ISBN13:978-4-8158-1103-7 本書は近現代ドイツ都市史を専門とする著者による一九世紀末のドイツにおける失業の「発見」から恐慌期にかけての「失業者救済の歴史」を都市史の観点から検討するものであり、前著『ドイツ近代都市社会経済史』(日本経済評論社、二〇〇九年、政治経済学・経済史学会賞)に次ぐ第二作目のモノグラフである。 本書は国家レベルでの「失業政策史」ではない。失業者をいかに雇用の場に戻していくのかを都市の場からみた「救済の歴史」である。複数の担い手が失業者救済をめぐって模索する姿が描かれるのだ。タイトルの「失業を埋めもどす」にはカール・ポランニー著『大転換』の「埋め込み」論が念頭に置かれる。それは「自律性を獲得した労働市場」と「伝統的な共同体」の保護から外れた「失業」を再び社会の諸制度の中に「埋め戻す」ことを意味し、この歴史社会学の課題設定に歴史学(実証的研究)の立場から応えようとするのが著者の構えである。 周知のように、ドイツは一九世紀末、世界で初の社会保険を導入した国である。イギリスもこれに倣い一九一一年に国民保険法(失業保険・健康保険)を制定した。しかし国家レベルの失業保険の点ではドイツはイギリスより十数年導入が遅れた。ところが著者はドイツの歴史的経験を辿る本書の中で、国家に先んじた失業者救済の「都市の先駆性」を強調する。 ドイツは一九二七年に国家の失業保険を導入したが、直後の世界恐慌で「破綻」した。これによる大量失業者の存在がナチスの台頭の一因を形成し、それまでの施策は失敗の烙印を押されてきた。ところが著者はこの通説に都市史の観点から新たな事実を発見し、これまでの議論に再検討を迫っている。その意味で、本書は従来の社会政策史研究の成果を吸収しつつも、都市史の側から新たな問題提起を試みた意欲作といえよう。 本書の特徴は分析概念にある。それは近年、欧米の都市史学で適用される「都市ガバナンス」論である。著者の共編著『二〇世紀の都市ガバナンス イギリス・ドイツ・日本』(馬場哲・高嶋修一・森宜人編、晃洋書房、二〇一九年)によれば、都市ガバナンスとは「中央政府、地方政府、民間企業、ボランタリーな組織の間の相互作用によって構築される都市秩序」を意味する。 本書ではそれらに加えて労働組合・女性組織も含むアクターが都市(主にハンブルク)を舞台に描かれる。副題の「社会都市」とは、社会問題の解決が独自に試みられる都市のあり方を指し、「社会国家」とはドイツ的福祉国家と理解して読み進めると良い。本書は「序章」「終章」と各論七章を含む三部構成(「社会都市の時代」「総力戦体制と社会国家の成立」「危機下の社会国家と都市自治体」)となっている。 本書には三つの論点がある。第一の論点は、失業者救済の「都市の先駆性」とそれを支えた「多様なアクター」である。ドイツ都市は一八七〇年代の大不況(ハンブルクでは一八九二年のコレラ大流行)で失業者が顕在化したため、失業者救済を「都市の社会的課題」と位置づけた。ライヒ(国家)政府が失業保険を求める声を黙殺し続ける中、代わって有効手段(公共職業紹介所の導入・拡充)を講じた民間慈善団体、共済機能(労働者層の集団的自助)をもつ労働組合の活動が詳述される。また都市の一部自治体が独自の「都市失業保険」を導入するなど、国家に先行した「都市内の諸組織」の自発的取り組みが評価される。 第二の論点は、アクター間の関係性とその変化である。第一次大戦下の都市では、ライヒ政府の財源が補完される形で導入された「戦時失業扶助」や「ライヒ失業扶助令(一九一八年)」の施行後も、運営の実務を担ったのは「都市自治体」の側だったことが強調される。公的部門が前景化しつつも都市内の伝統的な組織形態の存在と、自治体で「蓄積された経験」がワイマール共和国成立期の「ライヒ失業保険(一九二七年)」の基盤をなした。このように失業者救済の担い手の関係性が「ライヒ政府」と「都市自治体」のそれへと推移する過程(公私の交錯)の分析を通して、著者は「社会都市」から「ワイマール社会国家」(ドイツ的福祉国家)への「連続性」を主張する。 第三の論点は、失業をめぐる都市ガバナンスのあり方を左右した「規範理念の変遷」について。「扶助に労働を活用する」新しい考え方が肯定される社会的背景が説明されるが、ここでは両大戦間期において労働意欲・労働能力の有用性を認める「社会衛生学」の分析が鍵となっている。「自立のための救済」が支持され、失職中の若者は緑地の造成、スポーツ施設・公園、自らが住む団地の建設などの労働を担うようになるが、「自助の促進」による「労働生産性の維持・向上」を図ることが失業者救済の「新たな規範」に変遷していったことが論じられる。 都市ハンブルクの「扶助」は、子持ち世代を重視した点と、都市福祉関係者が育児・環境を考慮した事実から、著者はここに社会衛生学の影響力の「強さ」を鋭く指摘する。この事実を基に恐慌期の雇用創出を「人種衛生学」に基づくナチス的福祉への前史とみなす解釈に再検討を促し、都市自治体の失業対策に積極的な意味を与えるのだ。「メイクシフト・エコノミー」の観点からも、恐慌期にインフォーマルな救済事業を担う失業者の自助組織、食事を施す女性や支援活動が写真(図七-七~九)と合わせて興味深く理解できる。「終章」では「長い二〇世紀」における「失業の再埋め込み」の軌跡が手際よく叙述され、現在に至るまでのドイツの模索が分かる。 さて本書は、ナチス政権に至るまでの失業者救済を主に扱うものだが、同じ失業問題を抱えたイギリスでは社会改良家のベヴァリッジやケインズの失業論や完全雇用論が登場し、その後ドイツとは歴史的性格を異にした福祉国家が確立された。そのような軌跡を辿る際に、本書は他国の場合と比較する際にも有益な視座を提供してくれる。(もとうち・なおき=中部大学教授・イギリス社会経済史)★もり・たかひと=一橋大学大学院経済学研究科教授・近現代ドイツ社会経済史。著書に『ドイツ近代都市社会経済史』、共著に『二〇世紀の都市ガバナンス』『地域と歴史学』など。一九七七年生。