おとろしい。せやけど、彼女(黄美子)はそこらじゅうにおる 陣野俊史 / 文芸評論家・フランス文学者 週刊読書人2023年5月12日号 黄色い家 著 者:川上未映子 出版社:中央公論新社 ISBN13:978-4-12-005628-4 はじめましぃ。陣野っちゅう者やけど。この小説の二三六頁で、住んどる場所がなくなりそうで、切羽詰まった花たちに「下馬に、一軒あるで」と「やわらかい大阪弁」で突然話しぃ、一軒家を格安で提供して感謝される、自称も他称も「ジン爺」がワシやねん。この小説、『黄色い家』な、ほんの脇役やけど、黄美子や花たちの職場であるスナック「れもん」の入っとるビルを所有しとるのもワシなら、彼女たちに住む場所(文字通り、壁まで黄色く塗りたくった「黄色い家」。花たちが勝手にペンキで塗りよった!)を提供するのも、ワシ。その意味では、重要な役どころを演じとるって言えるのやないかな。 話の舞台は、一九九〇年代の終わりの東京・三軒茶屋。郊外・東村山で母親と貧しい暮らしを送っとった主人公の花は、母親が男にだらしなくて家にあまりおれへんかったこともあり、家出同然に三軒茶屋にやってくる。花の母親とは水商売の仲間やった黄美子が、ほとんど居抜きみたいにして前の店を引き継いで、花と二人「れもん」ちゅうスナックを始める。黄色な。そこへ、蘭っちゅう売れない元キャバ嬢と、家は金持ちやけど都内の私立一貫校で完全に落ちこぼれとる桃子が、吸い寄せられるように集まる。黄美子以外は、みんな未成年。年齢を偽って店を切り盛りする。ワシの貸した「れもん」ちゅう店は、そんな場所。銀座からときどき金持ちの客を連れてきた琴美さんを含め、ねーちゃんらの緩い連帯の場、としてあったっちゅうことかな。 ところが、「れもん」が全焼する。稼いだ金はおろか、金を稼ぐための手段自体がなくなった花や黄美子たちは困窮する――と、書きたいところやけど、どうも困ったような気配があれへん。いや、花は心配性やから自分たちの未来図に相当な暗雲が垂れ込めとることに気づいとる。せやけど他の三人はいつまでも炬燵に入ったまま、スナック菓子とラーメンを食べてなんとなく日常が過ぎると思うとる。判断停止っちゅうやつ。ワシは彼女たちに家賃の督促なんか、しまへん。古いとは言うても世田谷の一軒家で家賃一二万円。火事の火元もワシのビルやったこともあり、請求はせなんだけれど、花はきちんと払い込んでくれた。 花があぶない「シノギ」(反社会的手段で金銭を奪うこと)に手を出しとることは、花たちの知り合いの映水から聞いとりました。花と蘭と桃子はチームを組んでな、偽造のキャッシュ・カードで詐欺に手を染める。金は貯まる。二千百六十五万九千円。だがシノギは徐々に追い詰められる。果たしぃ、彼女たちの運命は? っちゅうあたりが犯罪小説としての肝と言うてええやろ。 この小説、タイトルは『黄色い家』になっとりますけれども、英語のタイトルはSISTERS IN YELLOWで、雑な言い方をすれば、黄色まみれの女ども。黄色は何かちゅうと、風水を信じた花が、金を運んでくると信じて集めとった色。様々な黄色のグッズ。ほんで黄美子。黄色に染まった話のなかでも、わしがいちばん目を惹かれたのは、黄美子その人。黄美子には判断があれへん。じっと動かへんかったら、めっちゃえげつないことになるにしてもなんとかなる。せやさかい何かがあればちょっとだけ反応するけれど、黄美子は受け流すだけ。まさに、黄美子は家のなかにたしかにおるけれども、じつはどこにもおらへん。そないな人間やった、っちゅうことやないでっか。だが花はちゃう。自分で考えて、金を稼ごとする。せやけど花が考えて考えて稼いだ金は、ねずみ講にはまった母親や、母親の恋人にあらかた掠め取られてまう。あると思うとった金は幻で、いつのまにか消えとる。まさに黄美子は金そのもんやないのか。そこにおる。せやけどおらへん。動かないけれど、探すとおらへん。わしは、この小説を内側から読んで、そう思いましてんけど、どうでっか。黄美子って人、ほんまにおとろしい。いっけんそうは見えへんけれど、おとろしい。せやけど、彼女はそこらじゅうにおるやろ。そこを抉って書く。小説家の凄みと思いました。※評者注、右のぎこちない「大阪弁」はAIの変換によるものです。(じんの・としふみ=文芸評論家・フランス文学者)★かわかみ・みえこ=作家。大阪府生れ。著書に『乳と卵』(芥川龍之介賞)詩集『先端で、さすわさされるわそらええわ』(中原中也賞)『ヘヴン』(芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞)詩集『水瓶』(高見順賞)『愛の夢とか』(谷崎潤一郎賞)『夏物語』(毎日出版文化賞)など。