一人ひとりの静かな闘いの歴史 松岡瑛理 / ライター 週刊読書人2023年5月26日号 闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由 著 者:ジェーン・スー 出版社:文藝春秋 ISBN13:978-4-16-391675-0 女性の生き方に斬り込むコラムで知られる著者が、各界で活躍する13人の女性から、その半生を聞き取ったインタビュー集だ。登場する人々の世代はさまざまだが、美容家、タレント、漫画家など、一般社会にも浸透する知名度を持った人物が多い。名前の並びを見て、「特別な世界の人たちの成功物語」と本を閉じかける人もいるかもしれない。 しかし、それはちょっと待ってほしい。本書は単なるサクセスストーリーの寄せ集めではない。描かれているのは、彼女たち一人ひとりの闘いの歴史だ。ここで言う「闘い」とは自らが置かれた世界で、公私含む逆風にさらされながら、自身を見失わず進む道を見出したという意味合いを指す。傍からはどんなにきらびやかに見える世界であっても、そのプロセスは例外なく泥臭い。 例えば、美容ジャーナリストの齋藤薫。「美人力」を掲げる著作を多数持ち、女性誌を開けばその名前を見ない日はない。中学生の頃から美容に興味を持ち、大学卒業後は人気女性ファッション誌の編集者へ、という経歴も、女性からの憧れを集めやすそうだ。 しかし、齋藤は編集部に在籍していた当時、ビューティのぺージはヒエラルキー的に「最下層」で「誰もやりたがらない仕事」だったと回想する。現在のようにメイク方法を伝授するページなども充実しておらず、大手化粧品メーカーの情報がそのまま誌面に掲載されることも珍しくはなかった。そんな中、同僚とタッグを組み、読者の目線に立って化粧品やメイク情報を伝える特集ページを作り上げたのが齋藤だった。ではそのまま業界の一線で活躍し、独立したのかと言えば、それも違う。実際、齋藤は30代を目前に退社しているが、その理由は当時、編集者に「30歳定年説」が強かったからというから驚きだ。フリーになってからは広告制作など裏方に近い仕事も積極的に引き受け、今日の地位を確立していった。美意識を培うために必要なものを問われ「知性」と答える姿には、エイジズムと対峙する先駆者の矜持が感じられる。 アイドルグループ「モーニング娘。」の元メンバー・辻希美もまた、世間との軋轢を経て、発信者としての地位を確立した一人だ。「モーニング娘。」の卒業後間もなく、人気俳優との結婚・妊娠を発表。当時19歳という若さだったことも相まって、「ギャルママ」的な服装・言動が揶揄の対象となった。ブログを開設して料理の写真をあげれば「ウィンナーの使い方がおかしい」など、揚げ足取りのようなコメントがつきまとう。「娘や家族のことを悪く言われるのはきつかった」というが、「『ママだから』ってなに? おしゃれしちゃいけないの?」「私は納得できなくて」と、動じることなく発信を続けた。インスタグラム、YouTubeと媒体を増やし、発信量を増やすにつれ、風向きは徐々に変化。今では主婦層を中心に厚い支持を受ける。芸能人が等身大の姿を発信することが今ほど一般的でなかった時代、反感の声にもめげず、自らのポジションを見出していった彼女もまた、道なき道を切り拓いた一人と言えるだろう。 彼女たちの「闘い」は、必ずしも世間への異議申し立てという形を取るとは限らず、本人の内面で静かに進行していることも多いのが特徴だ。誰かに言われてではなく、自分自身を信じることを通じ自らの価値観を守り抜いた彼女たちを、著者は「人生の舵を決して手放さない」人々と評する。しかしそれは、彼女たちが、特別で強い人々だからできたのではない。どんな状況であれ、自分自身との対話を諦めなかったからこそ、彼女たちは彼女たちに「なった」のだ。そのように視点を転換すれば、13人の語り手達は読者にとってかけがえのない「隣人」へと変貌する。(まつおか・えり=ライター)★ジェーン・スー=作詞家・コラムニスト・ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、ポッドキャスト「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」パーソナリティ。著書に『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』『これでもいいのだ』『ひとまず上出来』など。