真正面からストレートに平和を主張する 高鳥都 /ライター 週刊読書人2023年6月2日号 「二十四の瞳」からのメッセージ 著 者:澤宮優 出版社:論創社 ISBN13:978-4-8460-2174-0 「あれっ?」と思った。木下惠介監督の代表作『二十四の瞳』を徹底取材した本書だが、まずプロローグに〈彼の名前は五○代の人でもTBSテレビの「木下恵介アワー」の演出家として名をとどめている程度であろう。彼を日本映画が生んだ天才監督と知る者は、果たしてどれくらいいるのだろうか〉とある。 たしかに黒澤明や小津安二郎に比べて再評価の低さは否めないが、それでも一〇年ほど前、二〇一二年には木下惠介生誕一〇〇年でさまざまなプロジェクトが行われており、若き日の木下を描いた映画『はじまりのみち』が松竹系で全国公開されている。映画ファンのみならず、それなりの目に触れたはずだ。 いささか被害者意識の強い嘆きではないかと思って読むと、本書は二〇〇七年に洋泉社より刊行された単行本の増補版であり、第七章を新たに加えたものと知った。勝手に訝しんでしまったことを、評者として反省。 『二十四の瞳』は、一九五四年に公開された松竹の感動大作である。瀬戸内海の小豆島を舞台に進歩的な若き女教師・大石と生徒たちの一八年を描いた物語であり、その合間には格差や貧困、そして戦争が横たわる。キネマ旬報ベスト・テンの一位ほか、多くの賞を獲得。同年のキネ旬二位も木下の『女の園』が選出されており、いかに木下惠介という映画監督が評価されていたかがわかるだろう。 著者の澤宮優は『二十四の瞳』に惚れ込み、〈人の命の尊さ、戦争への憎しみなどが画面を通して伝わり、年齢、階層、性別、教養、思想的立場を超えてすべての国民に愛された映画と言ってもよかった〉と早々に宣言。そうしたスタンスで取材を開始する。 すでに木下惠介は亡く、大石先生役の高峰秀子も登場しないが、そのあたりは多くの資料でフォロー。生徒役を中心に三〇人以上の関係者に会い、監督の実弟である音楽の木下忠司、撮影の楠田浩之、美術の中村公彦ら高齢のスタッフも驚くほど登場する。およそ五〇年を経て、ここまで存命だったとは。俳優の田村高廣も、デビュー二作目にして戦争で視力を失った岡田磯吉役を真摯に振り返る。 二十四の瞳=一二人の生徒役については大々的なオーディションが行われ、その大半に素人が選ばれた。小学一年生と六年生の時期があり、兄弟・姉妹の組み合わせが多くを占めている。彼ら彼女らが芸能界に進むことはなく、しがらみのなさも踏まえて木下惠介や高峰秀子の優しさ、厳しさを語り継ぐ。 まず子どもたちが驚いたのは、映画の撮影というものがシーン順ではないこと。さらに小豆島のロケだけでなく、室内は大船撮影所に組まれたセットであったこと。リアリティあるセットゆえ、美術賞だけ選に漏れた逸話も面目躍如だ。 とくに印象的な役どころは、母を亡くし、生まれたての妹も亡くし、貧しさから学校を去ってしまう〝マッちゃん〟こと川本松江である。「先生、お嫁さんのにおいがする」という名セリフや修学旅行中の思わぬ再会を松江役の和田貞子が回想。概ね壺井栄の原作小説に忠実だが、いわゆる〝泣かせ〟のシーンに関して木下の脚色が冴えていることやカメラワークの効果まで検証される。 三ヶ月に及んだ撮影は、もはや人生の一部だ。ゆったりした二時間三六分の映画本編とは対照的に、細かく矢継ぎ早でそれぞれの記憶が組み合わされる。台本からの引用もふくめてシーンごとに微細な説明が施されるが、本編を鑑賞して生徒たちの顔や島の風景といったビジュアルを把握したほうが、断然ノンフィクションとしての妙味は深まるだろう。 現実も波乱万丈。高峰秀子は助監督の松山善三と結ばれ、ある生徒役は撮影を終えて家に帰ると両親が離婚、高峰の紹介で海外に移住した子までいた。その後の交流の数々も胸を打つ。もちろん、美談一辺倒では終わらない。 見る者を大いに泣かせた庶民目線の反戦映画——それゆえインテリ層から批判された部分や作品ごと風化してしまった要因もあるが、工員出身の映画評論家・佐藤忠男が、まさに良心のごとく本作の魅力を補強する。 書き下ろしの第七章「庶民へのまなざし、戦争を憎む天才監督」では、ロシアによるウクライナへの武力侵攻を入り口に木下惠介のキャリアを追いながら多彩な作家論を叩きつけ、真正面から平和を主張する。『二十四の瞳』の執拗な〝泣かせ〟に通じているが、そのストレートさは今こそ読者の心に刺さるのではないだろうか。本書のタイトルに「メッセージ」とあるのも納得だ。(たかとり・みやこ=ライター)★さわみや・ゆう=ノンフィクション作家。著書に『巨人軍最強の捕手』『バッティングピッチャー』『炭鉱町に咲いた原貢野球』『世紀の落球』『イップス』『戦国廃城紀行』『暴れ川と生きる』『集団就職』など。一九六四年生。