歴史を題材として「やりたい放題」遊ぶ 古山裕樹 / 書評家 週刊読書人2023年6月2日号 文明交錯 著 者:ローラン・ビネ 出版社:東京創元社 ISBN13:978-4-488-01685-2 ローラン・ビネは虚構と現実の境目を探り続けている。 彼の最初の小説『HHhH プラハ、1942年』は刺激に満ちた作品だった。第二次大戦下のチェコでのナチ高官暗殺という史実を描く物語と、歴史を小説として書くことについての作者自身の思索とが一体となって進行する。クライマックスでは、両者が溶け合った特異なスタイルの語りが、強烈な印象を残す(筆者は筒井康隆の『筒井順慶』を連想した)。 第二作『言語の七番目の機能』は、ロラン・バルトの事故死が実は殺人だった……という筋書きのもと、当時のフランスの思想家たちを巻き込んで繰り広げられる、秘密と陰謀の物語。実在の人物を戯画化したうえで、とんでもない行動をとらせる。虚構と現実の境目を自在に駆け抜け、大胆な――というよりはむしろ「やりたい放題」というべき展開をみせる。 これらに続く第三作が『文明交錯』だ。第一作と同じく歴史を題材として、第二作と同じく作者の「やりたい放題」を満喫できる小説である。そして過去の二作と同じく、虚構と現実の境目を探っていく作品でもある。 本書のテーマは明快だ。史実ではスペインがインカ帝国を征服したが、逆にインカ帝国がスペインを征服するとしたら、どのようにして可能になるのか? また、その後のヨーロッパはどうなっただろうか?――この問いは、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』に記された「なぜインカがスペインをではなく、スペインがインカを征服したのか?」という問いを裏返しにしたものだ。 スペインがインカを征服したのは十六世紀。同じ時代にインカがスペインを征服できる条件を整えるため、作者は遠い過去に遡って歴史を改変し、インカに銃、病原菌への耐性、鉄、さらに馬と遠洋航海術をもたらす。 本書は四部構成。ごく短い第一部と第二部で、過去の時代での「仕込み」がなされる。第一部ではヴァイキングが史実以上にアメリカ大陸の原住民と交流を深めた結果、ユーラシアの病原菌への免疫と、鉄と馬が伝わる。ついでに北欧神話の雷神トールまで現地の信仰体系に組み込まれてしまう(こうした「遊び」は本書のあちこちに見られる)。第二部ではコロンブスの航海が史実とは異なる結末を迎えて、銃と遠洋航海術がもたらされる。 本番は第三部。史実ではインカの事実上最後の皇帝だったアタワルパが、祖国での権力争いに敗れ、残った兵を率いてヨーロッパを目指す。史実でインカ帝国を征服したピサロのようなワンサイドゲームを繰り広げるには至らないものの、アタワルパの軍勢がヨーロッパを震撼させる様子が描かれる。 異教を奉じるアタワルパの権勢によって、キリスト教の宗教改革も史実と異なる道をたどり、太陽神信仰に宗旨替えする君主まで現れる。政治的な権力だけでなく、文化の基底をなす宗教まで形を変えていく。キリスト教文化圏の読者には衝撃が大きいかもしれない。 第四部はアタワルパ亡き後のヨーロッパを描く。史実では『ドン・キホーテ』の作者となるセルバンテスが主役を務める。彼と仲間のエル・グレコの旅路は次から次へと予測不可能な事件が起き、彼らの運命も大きく変わっていく。変幻自在な展開が実に楽しい。 史実とは異なる世界を作り上げて、その世界で自由に遊んでみせる。歴史シミュレーションの面白さを堪能できる小説だ。この後の歴史はどんな道をたどるのか、この世界の二一世紀はどうなるのか? そんな想像も膨らんでいく。西洋と他地域の立場を逆転させるスケールの大きな発想は、モンゴルの覇権が長く続いて白人が抑圧される「現代」を描いてみせた、豊田有恒の『モンゴルの残光』を思い出させる。 歴史を再構築し、当たり前と思っていた事柄を相対化して、読者に新たな視点を提供する。大胆に反転させた虚構の歴史を描いて、読者にさまざまな空想を促す。アタワルパの旅路は、読者にとっても刺激に満ちた旅になるはずだ。(橘明美訳) (ふるやま・ゆうき=書評家)★ローラン・ビネ=作家。フランス、パリ生れ。著書に『HHhH プラハ、1942年』(ゴンクール賞最優秀新人賞、リーヴル・ド・ポッシュ読者大賞、本屋大賞・翻訳小説部門)『言語の七番目の機能』(アンテラリエ賞、Fnac小説大賞)など。本書でアカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞。一九七二年生。