西野智紀 / ライター・書評家 週刊読書人2023年6月16日号 師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方 著 者:井上理津子 出版社:辰巳出版 ISBN13:978-4-7778-2825-8 かねてより、職人仕事には憧れがある。培ってきた知識や経験を活かし、時には寝食を忘れて、オーダーされた仕事に没頭する。無論、一人前になるまでが艱難辛苦の道のりであろうが、それでも惹きつけられる魅力がある。しかし一方で、どの業界でも後継者不足で、文化消滅の危機にあるとも聞く。 本書はそんな現代の職人たちの師弟関係を取材し、集成した一冊である。取り上げられる職種は、庭師、釜師、刀匠、宮大工、宮絵師、江戸切子職人、文化財修理装潢師、英国靴職人など、一六組三二人。どれも一朝一夕で身につかない、何十年も下積みや修行を重ねて技術を会得するものばかりである。 師と弟子、両面のライフストーリーから見えてくるのは、職人気質の変化だ。昔の職人は「親方の背中を見て覚えろ」が当然で、コミュニケーションが少なく、しかも一子相伝が基本であった。しかし、今では血統はほぼ関係なく、かなり積極的に弟子に対して発信する師が増えている。 たとえば表紙の写真にもなっている庭師・平井孝幸さんは、大学卒業後、「雑木の庭」づくりで造園の世界では伝説の飯田十基さんに弟子入りする。が、最初の二年は地面を掘る仕事をやらされ、周囲は何も教えてくれず、セメント袋を大量に担がされたり、肝心の師からは「君、こんなことも分かんないの」と嫌味を言われたりしたという。 それでもめげずに奮起して、飯田さんの死後独立し、「雑木の庭」の流れを汲む「自然の庭」を確立し、師となった。入ったばかりの弟子に対しては、地掘りを下積みとして何年もやらせるのは同じだが、時折様子を見に来ては「木を見て、根の状態を分かるようになれ」と、さりげない独り言のように助言する工夫をしている。 他にも、工房で毎朝ミーティングを行い、文学作品や時事問題に触れてインスピレーションを刺激する(染織家・志村洋子さん)、入社二週目にしてコテをプレゼントし現場入りさせる(左官・田中昭義さん)、作業現場の画像や動画をどんどん撮らせてくれる(硯職人・望月玉泉さん)等々、弟子への教え方、接し方が随分と近しくなっている。 一方で、門扉は開かれてはいるけれど、弟子の側は相当な意欲が必要となるのも現実である。修行中は無給のため、夕方まで職場に詰めた後、深夜まで温泉施設やコンビニでアルバイトする者もいれば、弟子全員住み込みで共同生活をして、遊ぶ余裕もなく日々を過ごす者もいる。家族が病に倒れたのに、仕事を最後までやり遂げようとする先人の姿も語られる。誇りがあるのはわかるが、やはり一般人の感覚からはかけ離れた世界だ。 労働条件や雇用契約が具体的にどうなっているのかは本書からは読み取れないので、「どうしてもその職人仕事しかできない」と覚悟して飛び込める人でないと辛いキャリアとなるのは論を待たないだろう。このあたり、最初から他の仕事に就く選択肢のない者を優先してとる師もいる。また、伝統工芸の後継者育成事業に力を入れている行政も少なくなく、この制度を利用して師を見つけ弟子入りした例もある。 労働環境ばかり着目してしまったが、本書は職人たちの仕事場や細かい作業技術が多くの写真とともに興味深く紹介されている。加えて、その道を長年歩んだ師だからこそ言える、含蓄ある言葉もぽんぽん飛び出してくる。彼らにしか見えないものを一端でも知りたいと望む人には、この上ない読書体験をもたらす一冊である。(にしの・ともき=ライター・書評家)★いのうえ・りつこ=ノンフィクションライター・日本文藝家協会会員。著書に『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『すごい古書店変な図書館』『絶滅危惧個人商店』など。