エッセイ的な内容から心理学の世界へ パンス / ライター・DJ・テキストユニットTVOD 週刊読書人2023年6月30日号 「ニセの自分」で生きています 心理学から考える虚栄心 著 者:稲垣智則 出版社:明石書店 ISBN13:978-4-7503-5528-3 毎日SNSを見ている。そこには無数の「知らない人」の思考や意見が流れていて、なるほどと納得したり、共感したり、逆になんてひどいことを言うのだと腹が立つこともある。そんな生活になって十数年経ち、すっかり馴染んでしまったのだが、一歩引いて考えてみると、無数の人々にはそれぞれSNSには見えてこない生活があり、培ってきた人生もある。当たり前のことなのだけど、そう確認するにつけ途方もない気分になるのである。 最近、友人に薦められて読んだマンガ『上京生活録 イチジョウ』は、福本伸行『カイジ』のスピンオフ。登場人物の一条の青年時代を描いたものだ。まだ何者でもなかった頃の一条が過ごす仲間との他愛ない日常が描かれているのだが、全編を貫いているのが一条の承認欲求だ。漠然と人に認められたいと思いながら空回りするさまが、ほのぼのと展開される。 よく知られているように、福本伸行のマンガは、登場人物のモノローグを中心に進んでいくところが特徴だ。それらは過剰なまでに強調されるゆえに「面白み」となり、よくネタにされる。本書を読み始めた際にも、どこか通じるような印象を持った。著者はスクールカウンセラーや教育相談所の相談員などを行ってきたとある。その著者自身が、冒頭から「自らは何者なのか」、もしくはこうやって書いているのも「ニセの自分」ではないか、と問うている。そして、結構身もふたもないエピソードも含め、「カッコつけているかもしれない」自分を記述していくのを見るにつれて、あれ、これは読んでいる自分自身のことではないか、と徐々に照り返されてくる。なんともばつが悪いような気持ちになりながらも、一回入ったら抜けられないような妙な魅力があるのだ。 まずは自己顕示欲や承認欲求、「つい見栄をはってしまう」虚栄心についての記述から、「わたし」とは何か、つまりアイデンティティの話へ。さらに「好き嫌い」についてや「世界の見え方」の話、そして「汚物の言葉」――悪口を言ってしまうことなどなどが、順を追って語られていく。著者自身のエッセイ的な内容から、いつの間にか心理学それ自体の話が、ゲームや小説などのカルチャーを交えながら展開される。 とはいえエッセイ的な側面も忘れておらず、グレーゾーンのような中間部分を著者と一緒にさまよいながら、心理学の世界を知っていくような感覚がある。そういえば、本書でよく引用されている岸田秀『ものぐさ精神分析』を、思春期の頃に読んだことがある。もうだいぶ過去に読んだ本だが、似たような読後感を覚えた。本書は、『ものぐさ精神分析』現代版といってもいいのかもしれない。 なぜ「現代版」かというと、明記はされてはいないのだが、インターネット以降の風景を描いているからだ。冒頭に記したように、SNS上では多くの人が、さまざまな方法でアイデンティティを確立しようとしたり、他の人より自分の方が優位だと見せつけようとしたり、他人を過剰に批判したりしている。そんな風景に慣れていたり、参入していたりする人にはうってつけの書である。思春期でネット漬けになってしまっている人に最も向いているかもしれないが、年齢を問わず、ネットから離れた場所で、カジュアルな気分で自分自身の中を冒険してみることができるだろう。(パンス=ライター・DJ・テキストユニットTVOD)★いながき・とものり=東海大学ティーチングクオリフィケーションセンター准教授・教育心理学・臨床心理学。著書に『狂気へのグラデーション』など。一九七八年生。