「ハンセン病家族」の抱えた問題を可視化する 宇内一文 / 常葉大学健康プロデュース学部准教授・教育学 週刊読書人2023年6月30日号 ハンセン病家族訴訟 裁きへの社会学的関与 著 者:黒坂愛衣・福岡安則 出版社:世織書房 ISBN13:978-4-86686-030-5 「ハンセン病家族」とは、ハンセン病罹患者の家族のことである。国の強制隔離・優生政策の影響により、患者だけでなく家族もまた、さまざまな社会関係から忌避・排除されるなど差別の対象となった。学校でのいじめや地域社会からの村八分、就職差別、結婚差別などの人権侵害を受けてきた。こうした忌避・排除から身を守り、回避するために、患者・家族共に居場所や身元、存在を「隠す」という生活戦略を用いた結果、患者と家族の関係性に綻びやねじれ、断絶が生じ、患者と家族は社会から「見えない」存在となった。国策の過ちを認定した二〇〇一年の熊本地裁「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」は、原告に対する人権侵害への賠償と国からの謝罪に加え、隔離の壁により、「見えない」存在となっていた回復者に社会が注目し、ハンセン病問題を可視化し、当事者と出会い、交流する契機となるはずだった(が、国は差別や偏見の除去を徹底的に行わなかったため、広がらなかった)。本書のタイトルにある「ハンセン病家族訴訟」は、社会的に「見えない」存在となっていた「家族」が、原告のほとんどが匿名を希望することに端的に示されている通り、「現在進行形」の差別被害の危険を冒して、これまで看過されてきた「ハンセン病問題」――「ハンセン病家族」の問題を可視化し、人間らしく生きていくこと、ありのままに出会い、交流できる社会を実現することという意味でも大きな意義があると考える。 本書は、二〇〇六年一二月に熊本地裁に提訴された「ハンセン病家族集団訴訟」において、原告側の専門家証人として、国のハンセン病隔離・優生政策がもたらした影響により「家族」が強いられた「共通被害」の立証を試みた社会学者による「意見書」と「証人喚問」を編集し、一冊にまとめたものである。 著者である黒坂愛衣(東北学院大学教授)と福岡安則(埼玉大学名誉教授)は、社会的差別の問題を調査・研究してきたフィールドワーカーである。「ハンセン病問題に関する検証会議」(二〇〇二~〇五年)以来、長年にわたって、被差別当事者である回復者やその家族らへのライフヒストリーの聞き取りによって、不可視的な差別被害の実態を可視化し、明らかにしてきた。こうした研究成果が、「家族」をエンパワメントし、自らの差別被害への賠償と謝罪を国に求める集団訴訟となり、その訴訟に著者らが関与するなかで、本書は生まれた。 本書には、大きく四つの論点がある。原告側専門家証人である黒坂が執筆した家族訴訟の「意見書」にあたる「1被害論」、同氏が出廷した「証人喚問」の様子を収録した「2証拠論」、裁判長の求めに応じて福岡が執筆した「意見書」にあたる「3責任論」、同氏による判決への批判を論じた「4支援論」である。 家族訴訟の重要な争点の一つは、「らい予防法」(一九五三~一九九六年)を廃止し、隔離政策を放棄した以後も、「家族」が被った被害に対し、国に加害責任があると言えるかということであった。また、裁判では、著者らが「家族」のライフヒストリーを聞き取るなかから紡ぎ出した「共通被害」を立証する概念が争点となるなど、家族訴訟は極めて「社会学裁判」の性格を有するものとなったと著者らは振り返っている。 著者らは、裁判の中で、《社会的差別》としてのハンセン病問題を説明し、非対称な関係(対等ではない関係)性が社会構造レベルで創出したことで、患者だけでなく家族に対しても社会的な蔑視や排除などの差別被害が共通に生じたことを立証するための概念化――黒坂は《社会的マイノリティとしてのカテゴリー》、福岡は《集合的意識としての偏見》――を試みた。著者らが、「家族」からのライフヒストリーから概念化し、描き出した「共通被害」が認められ、「家族」への国の加害責任を断罪する、原告勝訴の画期的な判決が下された。 国は、「正しい知識」を普及すれば、偏見や差別は取り除かれるという論理で、こうした啓発事業を効果の検証もせず、一貫して推進している。国は、偏見除去の責任逃れに終始し、偏見や差別を個人の内面の問題に矮小化している。本書では、福岡が関わった同和問題意識調査結果の分析から、「正しい知識」の修得と、「差別的態度」は無関係であると論じ、そうではなく当事者との《対等地位の接触》もしくは《出会い、ふれあい、語らい》を深めていくことが大切であると主張している。 著者らがハンセン病家族への長年にわたる「フィールドワーク」によって、当事者と出会い、交流し、「家族」をエンパワメントし、熊本地裁「家族訴訟」の提訴と原告勝訴に関与したことをまとめた本書から、社会的差別や偏見を根本的に解消するのは、人と人とのつながりなのだと改めて確信した。(うない・かずふみ=常葉大学健康プロデュース学部准教授・教育学) ★くろさか・あい=東北学院大学教授・社会学・差別問題研究・ライフストーリー聞き取り。二〇〇六年に埼玉大学大学院文化科学研究科にて博士号(学術)を取得。二〇二一~二〇二三年まで「ハンセン病に係る偏見差別の解消のための施策検討会」委員。著書に『ハンセン病家族たちの物語』『Fighting Prejudice in Japan』など。一九七七年生。★ふくおか・やすのり=埼玉大学名誉教授・社会学・差別の社会学。二〇〇三~二〇〇五年まで「ハンセン病問題に関する検証会議」検討会委員。二〇〇三年に筑波大学にて博士号(社会学)を取得。著書に『「こんなことで終わっちゃあ、死んでも死にきれん」』『在日韓国・朝鮮人』『マルクスを〈読む〉』など。一九四七年生。