現代における表現方法の源流 石井正己 / 国文学者・民俗学者 週刊読書人2023年7月14日号 江戸の絵本読解マニュアル 子どもから大人まで楽しんだ草双紙の読み方 著 者:叢の会(編) 出版社:文学通信 ISBN13:978-4-86766-007-2 江戸時代中期に生まれた、絵を中心にした作品を草双紙と呼ぶ。草相撲・草野球といった言葉を思い浮かべればわかるように、本格的ではなく、二流の作品と見なされたことを意味する。しかし、今、草双紙は江戸文学の一領域として認知されている。それは、半世紀の歳月をかけて研究を積み重ねてきた「叢の会」の功績によると言っていい。 同会は、『叢 草双紙の翻刻と研究』全四〇号で、総計四〇〇編を超える論考を載せてきた。それらをもとに、『江戸の絵本 初期草双紙集成Ⅰ~Ⅳ』(国書刊行会、一九八七~八九年)、『草双紙事典』(東京堂書店、二〇〇六年)なども公刊した。そうした基礎研究の成果を広い読者に手渡そうと考え、草双紙の魅力を余すところなく解き明かしたのが本書である。 「Ⅰ 江戸の絵本=草双紙――本の形と表現方法を知る」は、版本の形態と名称に関わる用語を図解する。その上でまず、登場人物の名前を示した袖の文字、キャラクターを表した擬人化、時間や場所の変化を表した異時同図、出版時の流行を取り入れた当世化という四点から、草双紙の表現や方法を解説する。「Ⅱ 絵入り読み物の歴史を知る」は、草双紙以前から草双紙以後まで、絵入り読み物の歴史を概観する。続く「Ⅲ 草双紙作品の作り方・読み方」は本書の根幹をなす。ポイントを印象的に示すために、「キャラクター編」「生活・文化編」「時間と空間の記号編」「絵と文のコラボレーション編」「芸能とのコラボレーション編」「ヒーローと残酷な表現編」に分類して、三九点ほどの作品の特色を引き出す。 今、各作品の指摘を逐一取り上げる余裕はないが、例えば、桃太郎のライバルに柿太郎が登場する『勇力競』、大般若櫃に隠れた安珍が溶けた鐘を鋳直す『道成寺根元記』のように、古典をパロディー化するのは草双紙の常套的な方法である。典拠を知らなくても読めるが、典拠を知っていればいっそうおもしろく読めることに気がつく。 具体的に教えられた一つは病鉢巻だ。これは歌舞伎で用いられる、紫色で、左に結ぶ鉢巻のこと。『桃太郎昔語』の桃太郎を出産したおばあさん、『はちかつきひめ』の亡くなる直前の実母といった病気の人物が着ける。それを知っていると、『朝比奈切通』の病鉢巻をする巴御前は、本文に記述がなくても、息子の朝比奈を心配する姿だと読み取れる。 窓から人物がのぞく表現も重要だ。『和泉式部花鏡』『金平猪熊退治』『敵討美女窟』『鎌田又八化物退治』など、多くの作品に見られる。窓からのぞくことを他の人物が気づかないのは作り手と読者の共謀だと解説する。かつて絵巻にあった小柴垣や襖障子からの垣間見が、新しい住居に即して変形され、こうした表現を生み出したにちがいない。 このようにして、本書は草双紙の絵に見られる類型表現を摘出して、その方法を明らかにする。「読解マニュアル」という書名の由縁もここにある。「Ⅳ 草双紙と現代」で述べるように、こうした表現や方法は現代のアニメやマンガに継承されている。実は、世界から注目されている日本のサブカルチャーは、欧米の影響を受ける前に、すでに日本の中で成熟してきたのだと知られる。〔執筆者=黒石陽子/石田智也/内ケ﨑有里子/奥田粋ノ介/加藤康子/佐藤智子/杉本紀子/瀬川結美/手塚翔斗/檜山裕子/細谷敦仁/森節男〕(いしい・まさみ=国文学者・民俗学者)★そうのかい=一九七七九年に故小池正胤東京学芸大学名誉教授が中心となり発足した研究会。東京学芸大学大学院生を同人として発行された『叢 近世文学演習ノート』を創刊。二〇一九年に終刊する。著書に『江戸の絵本』『黒本・青本の研究と用語索引』『草草子事典』『「むだ」と「うがち」の江戸絵本』『江戸の子どもの絵本』など。