災害によって何が失われたのかを可視化する 横山智樹 / 日本学術振興会特別研究員PD・地域社会学・災害研究 週刊読書人2023年8月11日号 地方社会の災害復興と持続可能性 岩手県・宮城県の東日本大震災被災地からレジリエンスを再考する 著 者:野坂真 出版社:晃洋書房 ISBN13:978-4-7710-3736-6 本書は、岩手県大槌町を中心的な舞台として、多様な住民層のライフスタイルと地域集団の活動が、東日本大震災・津波被災前後の歴史的な過程の中で失われ、やがては再構築されていく様相を、膨大な現地調査と資料分析から地域誌として遺そうとする労作である。著者の野坂氏は、二〇一一年六月からの約一〇年間、ほぼ月一回の頻度で被災地域に通い、町のアーカイブ事業のスタッフや地区防災の検討委員として携わりながら、のべ一三六人以上に対するヒアリングを行ってきた。それだけでなく、災害公営住宅や仮設住宅でのアンケート調査まで実施している。また、著者は大槌町に加え、宮城県気仙沼市を比較対象とした調査も行っている。本書では、上述の多様な手法と労力をかけて執筆した博士論文をもとにしながら、全体を通じて地方を持続可能にする災害復興のあり方が探求されている。著者が被災前後の地域の歴史を描く際の視点は、社会学的な災害研究におけるレジリエンス論を踏まえたうえで、レジリエンス論を地方研究における内発的発展論と結びつけたところにある。それによって、地域社会を成り立たせる住民層のライフスタイルおよび地域集団と、地域産業および地域の様々な交流を成り立たせる多様な主体とを、関連づけて見ていこうというものである。 全体を通して非常に興味深く感じたことは、本書の議論の土台には、持続可能な地域づくりとしての視点と、震災アーカイブが地域や住民にとっていかなる意味を持ちうるのかという強い関心が、表立ってはいないが実は重要な要素として存在していることである。 まず、著者が重視するポイントは、地域集団の活動内容だけでなく、異なる集団間の連帯や担い手のネットワークがあることと、集団間や支援など外部アクターとの連帯・協働を促すような調整役、マネジメント機能が存在することである。さらに、これらの要因が重なり合うことで、活動は地域や住民に根づいたものとなり、地域社会は持続可能になるということである。その点で、気仙沼市のように都市化が進み、地域内外の資源を活用できる機関や市民セクターのネットワークが集積する地域では、住民層や地域集団の間の連帯ができやすい。一方で、大槌町のような都市化の程度が相対的に低い地域では、複数の集落や領域の間をつなぐマネジメント組織が存在することによって、行政や外部アクターと地域住民のニーズとを調整することが可能になると指摘されている。このマネジメント組織の機能は、実際に大槌町の場合は震災前までは集団間の連帯や担い手のネットワークとして存在していたが、津波被害やこれによる人的被害に伴いその機能を失っており、その再生が必要だということである。 次に、震災アーカイブの意味である。著者によればアーカイブは、災害後のライフスタイルの再構築や地域づくり、公共事業のあり方を反省的に捉え直す参照点として重要だという。アーカイブが生活や地域の歴史を残し、災害によって何が失われたのかを可視化することによって、多様な住民の連帯に取り戻すことや、地域の側が外部アクターや行政セクターに参照点としてのアーカイブを提示していくことにつながる。つまり、アーカイブは、復興からその先の長期的なスパンでの地域づくりの見通しを得るための有効な地域資源になるということであった。なお著者が考えるアーカイブは、地域住民が主導で外部アクターや行政との共同の中で作り上げていくことが重要なのであり、観光資源や世間一般のための「教訓」のようなものとは、あくまで異なる位相にあることには注意が必要である。 一方で、通読する過程で抱かざるを得なかった若干の疑問点もある。例えば、領域的な地域集団を対象として設定(教育、福祉、文化、産業)する意義はどのようなものか。地域集団とは異なり、職業分類的な住民層の定義づけがされているのはなぜか。レジリエンス論と全体の分析の関係、特に住民層のライフスタイルとの関係はどのようなものか。災害前までの開発(一九九〇年代まで)・地域振興(一九九〇年代以降)を促進してきた行政や災害後の復興行政と、地域集団・住民層の関係はどうなっているのか。特に、本書に登場する地域集団がいずれも一九九〇年代以降に形成されたものであることの意義や限定性はどのようなものか。これらの疑問点は、長期的なスパンで多様な集団の活動や生活のあり方を捉えるために、本書全体の分析視角が多少の曖昧さを残していることに由来するものである。 とはいえ、本書の学術的・社会的意義が揺らぐことはない。歴史と災後をつなぐ生活と連帯の地域誌としての本書は、研究者が読んでも、世間一般が読んでも学ぶところが多く、何よりも地域の人々が将来を考えるための参照点、アーカイブとして、有効に活用できるものとして存在し続けるだろう。(よこやま・ともき=日本学術振興会特別研究員PD・地域社会学・災害研究)★のざか・しん=早稲田大学講師・地域社会学・地域産業論・災害研究。共著に『津波地の500日』など。一九八六年生。