――戦後日本美術の仁義を問う 松井茂 / 詩人・情報科学芸術大学院大学教授・映像メディア学 週刊読書人2023年8月25日号 芸術のわるさ コピー、パロディ、キッチュ、悪 著 者:成相肇 出版社:かたばみ書房 ISBN13:978-4-910904-00-9 一九七三年に大ヒットした深作欣二の映画『仁義なき戦い』は、実際には「仁義」ある物語だった。二〇一〇年にそれなりにヒットした北野武の映画『アウトレイジ』では、もはや「仁義」は消滅している。しかしながら『アウトレイジ』は、明らかに『仁義なき戦い』をコピーし、パロディし、ヤクザをキッチュに描いていた。『仁義なき戦い』は、広島呉市出身の復員者であるヤクザがモデルで、原爆投下に始まる映画は、戯画的ではあるが、アクチュアルな戦後史と言えるだろう。戦後日本美術もまた、原爆による廃墟に想像力の起源がある点は、同時代の共通性といえる。本書を手にしたとき、「悪」ぶってみせる著者の意図を、このふたつの映画の関係になぞらえて想像した。 本書における「悪」は、『アウトレイジ』の時代から、戦後日本美術史上のコピー、パロディ、キッチュを仁義あるものとして論じる。著者は、仁義なき現代から、アイロニーをもって、戦後と向き合っている。つまり、北野武の演出に顕著な、予備動作なしで、仁義なしに引き金を引くスタイルでなく、その手もあるよねと知った上で、大見得を切って、いまさらながら派手に立ち回る記述とでも言おうか。しかしそれも、二重三重にこじれている。大見得を切っておきながら、盛り上げないのだ。例えば、美術批評家の石子順造を巡る本書の第三部「キッチュ」では、散々、石子の文体を彷彿とさせてその記述を弄しておいて、「総体を見通して際立った業績というものは、ない」なんて! 随分残酷なことを言ってくれる。「近代の欺瞞を、身を以て、示したように思えてならない」とその評価は厳しい。これはもちろん批判ではない。石子を評価する玄人筋の単純な持ち上げ方に寄り添っているようで、冷や水を浴びせかけているのだ。以外に、浴びせかけられている人たちは気づいてないのかも(苦笑)。 本書の目次を改めてみると、「コピー」「パロディ」「キッチュ」「悪」の四部に分かれている。分かりやすそうで分かりにくいけど、アイロニーのアイロニーのアイロニーだから、ストレートなんじゃないか、と。先ほどからの繰り返しだが、『仁義なき』という仁義の描き方と、仁義はないって言ってるんだから、とヤクザ映画をパロディにしてアートぶった『アウトレイジ』の描き方を、いやぁーこれは『芸術のわるさ』だよね、って非芸術に戻そうという提案なのだ、と思う。石子に続く著者の重要な展覧会「パロディ、二重の声」は、まさにこうした批評精神に基づいていた。長いけど、本書の名調子を引用しておこう。 「遵法意識は大切であろう。だが、複製、引用、パロディといった表現を語る際に必ずアウトかセーフかという議論が伴うことは不健全というほかない。そこには表現の自由に法律が先立つ奇妙さとともに、判断が安易に放棄され、表現の問題が置き去りになっている危うさがある。複製をめぐる表現の射程は法の枠内を超えて法の根拠に届くものでもある以上、法律の埒外で議論されてしかるべき問題であるはずだ。窮屈になる一方の足枷がいつか解除されることを切に願うばかりである」。 二〇世紀後半、戦後日本美術が到達した複製技術時代の芸術観、これがいかに芸術至上主義に基づく、社会実践であったのかを本書は、著者は、成相肇は主張しているのだ。デジタル・メディアがなんちゃらかんちゃら、NFTアートがなんちゃらかんちゃらと、同時代の芸術が新自由主義にからめとられ、表現の自由を急激に後退させる事態に、アウトレイジ(=激怒)し、仁義なき戦いを挑んでいる。 サービス精神旺盛な成相は、ストレートに書けばいいところを、展覧会をつくる仕掛けとしてのキャラクター設定をもって、おもしろおかしく書いてきた。正論を述べにくい時代ゆえでもあるだろうし、恥ずかしがり屋なのだろうと想像もする。直近のアートを語るのではなく、戦後日本美術だからこそ語れる現在があることは見逃されがちだ。批評の後退がしばしば指摘されるが、かつて椹木野衣が「悪い場所」と位置づけた戦後日本を、著者は「芸術のわるさ」と問い直し、再起動させようと試みる。そんな批評家が東京国立近代美術館に潜伏している。期待しようではないか。「JINGI・愛してもらいます」だよ、これは! 本書の「あとがき」には、『仁義なき戦い』のラストで菅原文太が演じるところの広能昌三が吐いた捨て台詞、「弾はまだ残っとるがよ」、とは書いてないけど、「アック(悪口の意味。引用者註)オーライ、人の世にわるさあれ」とあるしね。(まつい・しげる=詩人・情報科学芸術大学院大学教授・映像メディア学)★なりあい・はじめ=東京国立近代美術館主任学芸員・美術批評家。「石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行」(第二四回倫雅美術奨励賞)「パロディ、二重の声 日本の一九七〇年代前後左右」「大竹伸朗展」などの企画を手がける。一九七九年生。