陳海茵/ 大妻女子大学 社会情報学部他非常勤講師・芸術社会学・中国現代アート 週刊読書人2023年9月1日号 艾未未アート「戦略」 アートが「政治」を超えるとき 著 者:宮本真左美 出版社:水声社 ISBN13:978-4-8010-0702-4 中国現代アートについてほとんど触れたことのない人でも、艾未未という名前を聞いたことがある人は少なくないだろう。艾未未(Ai Weiwei)は、世界で最も知名度の高い中国出身の現代芸術家であり、建築家、人権活動家、ドキュメンタリー映画監督などの肩書きを持つ。本書は、彼がこれまでに歩んできた全キャリアとその各段階における思索や世界観を総合的に整理した、五五〇頁を超す渾身の大著だ。作品のみならず、展示記録や海外メディア報道の全文、SNS投稿、評論文などの資料が多角的に用いられている。序章と終章を合せて全一二章から構成されており、一章から九章までは著者の博士論文の内容となっている。一九九〇年代初期から時系列に沿って各章の核となる展示や活動を中心に整理し、それぞれ詳細に背景や制作プロセスを分析している。一〇章以降は難民問題、香港の民主化運動、新型コロナウィルスの感染爆発など近年の国際情勢に対して、艾未未がどのように作品を通じて応答してきたのか、著者が新たに調査し加筆したものとなっている。また、本書中程には八頁分のカラー刷りの作品図版が挿入されている。巻末付録には艾未未氏との対談インタビューも収録されており、大変読み応えのある一冊となっている。 三〇年以上のアーティストキャリアを持ち、中国、アメリカ、ドイツ、イギリスなど、複数の国と地域を移りながら表現活動を続ける艾未未氏の作品に関しては、美術館のほかに、『アイ・ウェイウェイは謝らない』(二〇〇八年)や『アイ・ウェイウェイ ユア・トゥルーリー』(二〇二〇年)など幾つかのドキュメンタリー映画にも収められている。また、本書序章でも触れられているように、牧陽一編『艾未未読本』(二〇一二年)など、日本語で読める書籍もある。しかし、グローバルに活躍する艾未未の長年のキャリアを俯瞰し、そこに通底する思想や制作プロセスの変遷について、世界各地に分散する資料群を収集して、総合的に分析した研究は本書が初であろう。 艾未未は、キャリア初期から独裁的な権力体制を批判する作品を発表してきた。映画監督や人権活動家としての一面が大々的に取り上げられるようになった主なきっかけは、二〇〇八年の四川大地震後の遺品収集プロジェクトである。彼の発信する政治的なメッセージや奇抜なアイディアに対する高い関心とは裏腹に、彼のつくる作品自体の芸術的重要性に関しては、欧米の評論を含め、十分な議論がなされてきたとは言い難い。本書の前半では、マルセル・デュシャンやアンディ・ウォーホルをはじめ、リチャード・セラなどに代表されるコンセプチュアル・アートやミニマリズムアートとの共通性が検討される。艾未未がこういった欧米アート諸流派と中国古来の文化(陶磁器、山水、ひまわり、十二支など)をどのように結びつけてきたのかについて精緻に分析し、その芸術的意義を浮き彫りにしている。 二〇〇〇年以降、中国では現代アート市場が急速に加熱化し、二〇二二年時点では世界三位の市場規模を持つ現代アートの一大拠点にまで成長した。北京の主要な芸術区に数千人のアーティストが集住していた時期もあり、アートを取り入れた大型商業施設の開発も成功を収めている。しかし、本書で取り上げられている常青画廊やウリ・シッグといった一部のプレイヤーを除いて、中国本土のアート界では艾未未に関する表立った議論や話題はほとんど聞かれず、グレートファイヤーウォールによる情報の遮断と分断がここにも及んでいると言わざるを得ない。 本書の後半で扱われている武漢の都市封鎖、香港の民主化運動、ウイグルの民族同化など高度な敏感性をもつ話題についても、中国の一般大衆は多面的な情報にアクセスできない。艾未未は、中国の内情だけでなく、中国の強権政治と「共犯関係」を築いているとされる西洋の巨大資本企業やハリウッド映画業界のことも批判の対象にしている。声なき声をアートに昇華させて国際社会に届け続ける艾未未の存在は、平和と平等を求める全ての人にとって希望の光であろう。本書が日本の皆さんに広く読まれるのと同時に、いつか中国語や英語に翻訳され、世界各地で読まれてほしいと願っている。(チン・カイン=大妻女子大学 社会情報学部他非常勤講師・芸術社会学・中国現代アート)★みやもと・まさみ=社会人入学で埼玉大学教養学部三年に編入後、艾未未研究をはじめる。二〇一七年、埼玉大学大学院文化科学研究科日本・アジア文化研究専攻博士課程修了。共著に『艾未未読本』、主な論文に「艾未未AI WEIWEI概説」など。