書評キャンパス―大学生がススメる本― 佐藤葵 / 二松学舎大学文学部中国文学科1年 週刊読書人2023年9月8日号 教室に並んだ背表紙 著 者:相沢沙呼 出版社:集英社 ISBN13:978-4-08-744537-4 こんなにも本に感情を揺さぶられ、涙を流したのは初めてだった。同時に、教室という狭く閉ざされた空間で、学生生活を送ることに息苦しさを感じていた、あの頃を思い出した。 本書は中学校の図書室を舞台として、6人の少女達の視点から、それぞれの悩みや葛藤が描かれた連作短編小説集である。生きづらさを抱え、居場所を求めて図書室に訪れた少女達に、図書館司書のしおり先生は、本を通して優しく手を差し伸べる。周りとは違う自分に違和感を覚える者、将来に絶望する者、感情を上手く言葉に出来ずにもがく者、理不尽な嫉妬心を友人にぶつけてしまい後悔する者、コンプレックスから生まれたやり場の無い憤りに悩む者、いじめに苦しむ者。思い通りに生きられない自分を卑下し欠陥品だと決めつけたり、仲間外れにされたり、友人と疎遠になってしまったりと、それぞれ孤独を感じながらも、本との出逢いやしおり先生の言葉、友人を通して、自ら勇気を持って前に進み克服しようとする。孤独の正体はそれぞれ違えど、誰もが一度は感じたり体験したことのある身近なものである。思春期特有の複雑で繊細な心情が鮮やかに描写された、儚く、まばゆい物語だ。 学校は行かなければならない場所。学校で友達は作らなければならないもの。図書室や保健室登校の生徒は弱者、逃げた者、愚か者とみなされる世の中の暗黙の了解に意義を申し立てたい。誰かの顔色を窺ったり周りの空気を読んで発言しなければならない、少しでも対応を間違えば、教室に居場所はなくなる。中学生は多感で、特に他人のことが気になってしまう時期だからこそ、彼らの目に映る教室は簡単に姿形を変え、利器にも凶器にもなる。「おかしいのは教室の方」「危ない場所から離れるのは、普通のこと」としおり先生は告げる。図書室は人が大勢いながらも、張りつめた教室からは少し離れた所にある、安息の場なのだ。そこで待つ、願いが込められた物語は、彼女らに想像力と人生の道しるべを与える。 ある少女は「どんなにつらくて苦しいお話でも、必ず誰かが助けに来てくれて最後には救われる。それって現実じゃありえないじゃないですか」と言う。そうかもしれない。確かに物語は人間の頭の中で創られたものである。でも誰かが見えぬ誰かに向けて、思いや目的を持って創造したものだとしたら。物語のように現実は中々進まないけれど、物語に動かされる人間を信じて声を上げてみてもいいかもしれない。 悩みは消えないし、現実はそう簡単に変わらない。学校のみならず、自分とは異なる考えや価値観の持ち主を、厄介者として排除しようとする世界は生きづらい。それでも誰かの「好き」をくだらないと否定するような人にならないように、ありきたりだが他人の心に寄り添えるような優しい人になりたい。そう思わせてくれた大切な一冊だ。★さとう・あおい=二松学舎大学文学部中国文学科1年。文章を読んだり書くことが好き。合気道部所属、初段以上の取得を目標に活動中。書評家、バーテンダーの仕事に憧れている。