書評キャンパス―大学生がススメる本― 村山竣哉 / 獨協大学法学部国際関係法学科3年 週刊読書人2023年9月15日号 呪われた町 上・下 著 者:スティーヴン・キング 出版社:集英社 ISBN13:978-4-08-760635-5(上)/978-4-08-760636-2(下) もし何の前触れもなく、家族が、友人が、隣近所に住んでいる人や、面識がある知り合いの誰かが、「人ならざるもの」と化してしまったら……? 故郷のメイン州ジェルサーレムズ・ロット(ザ・ロット)に舞い戻ってきた作家ベン・ミアーズは、昔とほとんど姿を変えていないその町をモチーフに新たな小説を書こうとする中で、ある違和感とともに、奇妙な事件が多発していることに気づく。彼は恩師である高校教師や、違和感に気づき始めた少年、町のカトリック教会の神父らとともに、ザ・ロットを覆い隠そうとする影に立ち向かおうとするのだが……。 プロローグ、エピローグを含めた全5部で構成される本作は、ある平穏な田舎町に忍び寄る黒い影と、それが水面下で、しかしながら確実に町を侵食していく様を、ディテールを以て描写している。人々の普段の暮らしぶりや心理描写が、登場人物のセリフや、背景描写の一つ一つにこまやかに描き込まれ、町の平穏な日常と、その侵食が同時進行で明示される。日常の描写の一つ一つが、その後迫りくる展開とのコントラストを描き出し、そのコントラストでもって、事態の深刻性を強調しているようにも感じられる。 特筆しておきたいのは、ザ・ロットの丘の上には、町全体を見下ろす形で古い屋敷(マーステン館と呼称される)、いわゆる「事故物件」が建っていること。ミアーズは初めそこを借りて執筆活動を始めようとするのだが、新参者によってすでに買い取られた後であった。その屋敷の新たな所有者が町に姿を現し始めた時期と、奇妙な現象の発生は重なっているのだ。 平穏な田舎町の、何気ない日常のさなかに、突如として誰にも気づかれることなく現れた異変。それは瞬く間にその日常を、ひっそりと、しかしながら着実に、非日常へと変えていく。 町から人々が消えていく。誰も気にも留めないような些細な出来事をきっかけとして、今まで所属していたコミュニティが侵食され、崩壊していく。奇妙な胸騒ぎや、突拍子もない不安が現実のものになり、人々に襲いかかる。如何にして、そして何故に、自分たちが侵食されるに相成ったかを知るか知らぬかのうちに、恐怖は加速度をあげて人々へと襲いかかる。 その時、人々はどうするのか。ある者は知らぬ間に襲われ、その怪異によって命を落とすか、怪異に取り込まれてしまう。自身の置かれた状況を認識した者は、町を捨てて逃げるか、事態に立ち向かい脅威と戦うかを選択させられる。そのどちらもが決断を迫られるのだ。 初版刊行から半世紀ほど経った現在となっても、本書は、細かい点を抜きにすれば、現代においても成立する物語であり、モダン・ホラーの名作としても名高い。崩壊していく町と、脅威に立ち向かう主人公たちの姿は、ディテールの描き方と相まって、一向に古臭さを感じさせず、寧ろ現代の我々にもリアルな感覚を呼び起こさせるはずだ。(永井淳訳)★むらやま・しゅんや=獨協大学法学部国際関係法学科3年。現在関心を抱いていることは、音楽、映像作品などの鑑賞及び収集。