『プリンキピア』からインターネット接続まで 黒ラブ教授 / サイエンスコミュニケーター・大学講師 週刊読書人2023年9月22日号 私たちの生活をガラッと変えた物理学の10の日 著 者:ブライアン・クレッグ 出版社:作品社 ISBN13:978-4-86182-991-8 今(2023年8月21日)、書評を書いてる最中にも、常温の超伝導体の発見か否か、アカデミー内外ではちょっとした騒動になっています(今回は超電導ではなかった可能性の方が高そうです)。ある学生研究者は、それが発見されてしまったら、私の研究は意味がなくなる!と言うので、私は「そんなことないよ。発見されたとしても、他の科学技術も重要で、実現の際に1つの技術だけに頼る事は心もとないでしょ?」と伝えました。こんにちは。ファラデーと同じ科学コミュニケーターで、科学を一般の人に伝えながら、大学で教鞭(理工学)をとっている黒ラブ教授と申します。 さて、もし常温の超伝導体が発見されたら、私たちの生活は、徐々にそしていつの間にか変わってゆく事になるでしょう。今回紹介する本は、そのような、世の中の生活を既に変えた科学技術が、いかに発表されたのか、誰が中心となって開発していったのか、などを紹介してくれる本です。人気サイエンスライターのブライアン・クレッグが書いた、『私たちの生活をガラッと変えた物理学の10の日』という本です。物理学と聞いてピンとくる人は少ないでしょうか? 物理学というより工学的な視点で見るとわかりやすいのですが、そこから生み出されたLED、インターネット、モーター、エアコン、飛行機など、世の中の生活を変えた技術についての本です。この本は、そんな世の中を変えた10個の科学技術を日にわけて紹介しています。 1日目は1687年のニュートンの『プリンキピア』の刊行から始まり、1831年ファラデーの電磁誘導の発表、1850年燃焼機関に関係してくるクラウジウスの熱力学についての発表、1861年マクスウェルの物理学的力線についての発表、1898年キュリーの強い放射性を持つ新しい物質についての発表、アインシュタインの1905年奇跡の年、1911年超電導の発見、1947年トランジスターの最初の実演、1962年LEDの特許出願、10日目は1969年インターネットの最初の接続開始の日です。すごく豪華なラインナップですね! それぞれの年代がどのような時代背景で、その時の技術的背景、どのような人物がどのようにその時を向かえたのかが書かれています。本題より少し横道にそれる科学技術の説明が、付録的に書かれていたりする工夫や、最後の「暮らしを一変させたもの」という項目では、その技術によって生まれたものなどが解説されています。様々な分野を横断するような内容になっているので、読者が全く科学を知らない方の場合は、理解するには少し難しいかもしれません。しかし人物だけに着目して読むやり方もありますし、どんな順番から読んでも大丈夫なので、総合的に読みやすい内容です。まとめ方が変わってるブレイクスルーの科学史本と思えるでしょう。 ファラデーの紹介を「科学コミュニケーター」と紹介している所も最近のポップさで良い!と感じながら、当時の電気と磁石は、魔術的な観点から見られていた側面がありその解説からしっかり書かれています。ファラデーの控えめな性格だが念入りな探求心で動いていた様子も読み取れます。ファラデーの後任のジョンティンダルの言葉が非常に心に残りました。引用させていただくと「優しさや穏やかさの下には、火山のような熱さがあった。彼は興奮しやすく、激しい気質の人物だった。だが、強い自制心によってその火を……」(62頁)。まさに彼の原動力を読み取れた気がしました。ぜひ読んでいただけたらと思います。 本書には、これから未来に起こるかもしれない11日目として、ある4つの科学技術について考察しています。その一つがAIだったのですが、ChatGPTの事に関しては全く触れてなかったのです。本書執筆の時期は話題にはなっていなかったのでしょう。GPTについて著者はどう思っているのか知りたかったなと感じました。そのくらい現在進行形で、科学技術が世の中の生活を変えている、いわば真っ最中に我々が生活している。だけど意外と当事者の私たちは変わる事に気がつかないわけであり、当時もおそらくそういうものだったのだろうと、この本は実感させてくれます。(東郷えりか訳)(くろらぶきょうじゅ=サイエンスコミュニケーター・大学講師)★ブライアン・クレッグ=イギリスのサイエンスライター。著書に『科学法則大全』など。