歴代大統領をほぼカバーした壮大なアメリカ文学史 貴堂嘉之/ 一橋大学教授・アメリカ政治社会史 週刊読書人2023年11月3日号 アメリカ文学と大統領 文学史と文化史 著 者:巽孝之[監修]/大串尚代・佐藤光重・常山菜穂子[編著] 出版社:南雲堂 ISBN13:978-4-523-29333-0 本書は、巽孝之氏の退職を機に、慶應義塾大学の同僚とその門下生二六名が歴代アメリカ大統領の政治史/個人史と文学史をつないでみせた、アメリカ文学思想史の論集である。アメリカ的想像力の源泉として大統領に着目してきた巽氏は、『リンカーンの世紀』(青土社)などで、大統領を文学者とみなし、またシェークスピア劇の演技者とみなして、その大統領の生き様と文学思想史のスリリングな共犯関係を追究する独自の研究領域を開拓してきた。今回はこの分析視角を共通項に、歴代のほぼすべての大統領(コラムを含めて)をカバーして描き、壮大なアメリカ文学史の論集へと仕上げた。本書は、文学史の新境地を拓く試みであると同時に、歴史家や政治学者には決して書くことのできない、新しいアメリカ政治史のテキストとしても読めるのが興味深い。 自身も語っていることだが、私は以前から亀井俊介氏と巽氏の学問の構えに共通点が多いと思ってきた。古典と通俗とを区別せず、文学研究と文化研究の交錯地点で仕事をしてきた亀井氏と、文学史と文化史を架橋する巽氏は、やはり同じ学統なのだろう。少しだけ思い出話をすると、私は駒場でアメリカ研究という地域研究をベースに学際的な教育を受けた。一九世紀史を専門とする歴史家となったが、私が当時一番好きだったのは亀井氏のアメリカ文学の授業だった。多くの古典とされる文学作品を読み、アメリカン・ヒーローの系譜を辿る授業は、その時からすでに文学研究に留まらない奥行きを持っていた。まだ当時は名前のなかった社会史や政治文化史を先取りするような研究であったと思う。だから、いまから思えば、私のアメリカ史像(とくに一九世紀史像)は、実証史学の研究書よりも、亀井氏の授業やあの頃読んだマーク・トウェインをはじめとする文学作品の世界から多くのことを学んで作られたことを白状しておきたい。私の研究室にマーク・トウェインのコレクション全二〇巻(彩流社)があるのをみて、不思議がるゼミ生がたまにいるが、歴史学にとって文学を読む重要性がわからないようではまだまだ半人前ということだ。 さて、本書の構成は、四部構成となっている。第一部「独立革命から膨脹主義の時代へ」で、初代ワシントンから第一四代ピアスまで、第二部「分裂の危機から革新主義の時代へ」で、第一六代リンカーンから第二九代ハーディングまで、第三部「コスモポリタニズムから冷戦の時代へ」で、第三〇代クーリッジから第三五代ケネディまで、最後の第四部「ポストモダンからポスト・トゥルースの時代へ」で、第三九代カーターから第四五代トランプまでが扱われる。 政治学の教科書をのぞけば、アメリカ大統領は「世界最強の権力者」だとか、いやいやその執行権は実は限られていて、それゆえに一九世紀末までの大統領は権限も弱く、知名度が低いとある。二〇世紀以降、とりわけF・ローズヴェルト以降に、ようやく政治の主導権を握る「現代型大統領制」へと移行し、のちの「帝王型大統領」の出現へとつながるなどと整理される。 だが、本書は政治学・政治史の書ではないので、このような整理は何の意味もない。一九世紀の大統領を扱った各章のほうがむしろ面白いのだ。本書の大統領語りが絶妙に面白いのは、ホワイトハウスという劇場空間で演じられる大統領の演劇的想像力の分析に力点があるからである。「大統領謁見」をめぐるドタバタや社交の様子(第一章)、歴史小説の中から浮かび上がる国民史や大西洋史に孕まれる緊張や越境性(第二章)、軍人上がりの大統領と反知性主義の系譜(第五章)など第一部だけでも論点満載である。また、日米関係史の観点からも、アフリカ系の興行師として活躍した「ジャパニーズ・トミー」と万延元年遣米使節団の交差(第三章)、希望/絶望の土地としての日本(第六章)、日本を開国したペリーの旗艦サラトガ号の『アフリカ巡航日誌』(第七章)、日系人の強制収容体験談(第一五章)など、歴史研究に新たな刺激を与える視点が多い。 第二部は私の専門に近い時代だが、第八章や第一二章は定番とはいえ、「南部人」としてのリンカーン論は意表を突いているし、ウィルソンと国民の創生を扱った章は必読だろう。また、グラントを金ぴか時代を象徴する「書き換えが作った英雄」として描き出す第九章も秀逸だ。第三部は、二〇世紀アメリカ、冷戦からケネディ暗殺までを扱い、巽氏の『パラノイドの帝国 アメリカ文学精神史講義』(大修館書店)の内容が深掘りされていく論考が並ぶ。第四部では、ベトナム戦争敗北後、フォードからトランプまでをカバーし、米現代史が読み解かれていく。ポスト・トゥルースの時代論として第二五章のMAGA分析は実に鋭い。第四部については、古矢旬『アメリカ合衆国史④グローバル時代のアメリカ』(岩波新書)と照合しながら読むと、響き合うものがあるだろう。(きどう・よしゆき=一橋大学教授・アメリカ政治社会史)★たつみ・たかゆき=慶應義塾大学名誉教授・慶應義塾ニューヨーク学院第一〇代学院長・アメリカ文学・批評理論研究。著書に『ニュー・アメリカニズム』『サイバーパンク・アメリカ』『モダニズムの惑星』『盗まれた廃墟』『パラノイドの帝国』『慶應義塾とアメリカ』など。★おおぐし・ひさよ=慶應義塾大学教授・アメリカ文学・ジェンダー研究。著書に『立ちどまらない少女たち』など。★さとう・みつしげ=慶應義塾大学教授・アメリカ文学。著書に『「ウォールデン」入門講義』など。★つねやま・なほこ=慶應義塾大学教授・アメリカ演劇・演劇史。著書に『アメリカン・シェイクスピア』など。